骨と筋が複雑にからみあう「肩」と「脇」。美術解剖学者がその描き方を徹底解説!

今回のテーマは「肩」そして「脇」の描き方です。
どちらも意外と形が複雑で、バランスよく描くのが難しいという人も多いはず。
手に動きを付けたポーズがイマイチ決まらないのも、もしかしたら「肩」に原因があるかもしれません。

肩について教えてください!!


肩ってけっこう自由自在に動くし、形状も変わるのでイメージしづらいんですよね。
こんな感じで肩をすくめるだけでも、見え方が変わりますし。
肩の「可動域」と「立体感」を正確に把握するポイントが知りたいです。

まず肩の3つの骨格の動きを把握しよう

加藤:
まずは、肩を構成する骨格を把握しましょう。

単純化すると「鎖骨:さこつ」(青)、「肩甲骨:けんこうこつ」(黄)、「上腕骨:じょうわんこつ」(赤)の3つです。
「鎖骨」は、正面から見ると水平に伸びていますが、上から見ると緩やかにカーブしている点に注意してください。
「肩甲骨」は、三角形の扁平な骨です。
背中の回(第8回)でやりましたね。

「上腕骨」は腕の骨ですが、肩先の丸みをつくる土台になるので、肩の描写を考えるうえで外せません。

加藤:
3つの骨は腕を動かしたとき、常に連動します。

たとえば、腕を上に上げると鎖骨(青)の付け根を起点に肩先も上がり、肩甲骨の下が外側に開きます。

3DCGのデッサンモデルなどは、データ処理を軽減するために鎖骨や肩先を省略して、腕だけを動かしていることがあるので、そのまま参考にすると不自然になる場合がある。

 

肩は鎖骨を中心に円運動する

加藤:
肩をすくめる動作でも、肩先の上がり方と肩甲骨の連動を確認しましょう。

正面から見ると「鎖骨の付け根を起点に円を描くように肩先が上がる」と考えるとイメージしやすいかもしれません。


肩の位置が高くなると同時に、肩幅が狭くなっていますね。

加藤
そうです。
肩を目いっぱい引き上げると、外見的には肩幅が狭まります。
また、肩の傾斜角が水平に近づきます
5角形が4角形になる感じです。

 

肩は上だけでなく、前にも動く

加藤
手を前につくポーズのときは、前方への動きも加わります。
上+前という立体的な動きになるので、肩先(上腕骨の上端)を単純化するときは、球体として捉えると良いかもしれません。


こんな感じでしょうか。
鎖骨や肩甲骨は見る角度によって形がかなり変わるので、もうちょっと形をしっかり覚える必要を感じました。
立体としてかなり複雑だと思います。

加藤:
いい感じだと思います!

肩の筋肉は、だいたい4

加藤:
肩の主要な筋肉は、「胸鎖乳突筋:きょうさにゅうとつきん」(黄)、「僧帽筋:そうぼうきん」(青)、「大胸筋:だいきょうきん」(赤)、「三角筋:さんかくきん」(緑)の4つです。

ほとんどすべてが鎖骨に付着することを覚えておいてください。
この連載で初登場となる三角筋は、肩先のボリュームをつくる筋で、腕を水平に上げるときに収縮します。
先ほどの3つの骨動きもとに、これらの4つの筋の形状をイメージすれば、肩を描きやすくなると思います。

腕を上げると鎖骨は隠れる、肩をすくめるとV字になる

加藤:
肩回りの筋肉を含めて、鎖骨がどのように見えるか見てみましょう。

腕を上げたときは、鎖骨の大部分は大胸筋と三角筋に隠れ、中央部が少し見えるだけになります(左)。
肩をすくめると、ほぼ水平だった鎖骨にV字の傾斜ができます(右)。

 

厄介な脇をどう描くか


肩まわりの描写で厄介なのが「脇」なんですよね。
筋肉の付き方がイマイチよくわからないというか……

加藤:
脇のくぼみは、複数の筋肉に囲まれています。

関係する筋肉を知っていると表現しやすくなりますよ。
前方を構成するのは「大胸筋:だいきょうきん」(赤)。
後方を構成するのは「広背筋:こうはいきん」「大円筋:だいえんきん」(まとめて黄色で着色)です。
そして「前鋸筋:ぜんきょきん」(青)です。赤と黄色の筋肉に挟まれた部分ですね。
「前鋸筋」は脇腹に3〜4個のギザギザした起伏をつくる筋で、講義でクリエイターさんに好きな筋肉を聞くと、なぜかこの筋が好きと答える方が多いです。

解剖では脇を「腋窩:えきか」という。「前鋸筋」は、通称「ボクサー筋」と呼ばれていてボクシング選手で発達している。興味があれば選手の写真を見てみると良い。

加藤:
女性の場合は、脇の起伏に乳房も関係します。

大胸筋の下部で、わずかに前鋸筋に掛かるように配置します。
左下に添えているのは、脇の模式図です。
筋肉の壁として認識すると配置が整理できると思います。

 

体のプロポーションを調整してキャラ化してみた


実際に描いてみました。
キャラ的にデフォルメすると体のプロポーションが変わるので、それに合わせた調整が必要でした。
具体的には、首が細くなったことで、それに合わせて胴体(肩幅)を狭くしました。
肩の位置が中心にずれたので、そのままだと二の腕(上腕)が長くなり過ぎます。
そのため、それに合わせて二の腕を少し短くしたのですが、そうすると前腕の角度や手のひらの位置にも調整が必要になりました。
あと、腕を細く見せるために肩回りも小さくしています。

体形をスリムに見せるために胴体も厚みを減らし腰の細さを強調している。おそらく解剖学的には細すぎるのではないかと思われる。

 

広背筋は脇の内側に通す

加藤:
全体の印象はとても綺麗だと思います。

説明されてはじめて「腕のバランスが確かに少し気になるかな」といった程度ですね。
強いて言えば、解剖学的に気になるのは、脇の下の輪郭線です。
この部分は、胴体側の線が抜けているように描くほうがよさそうですね。


なるほど。
どうしても胴体に筒が刺さっているように描いたほうがイメージしやすいので楽なんですけど、立体感はこちらのほうが出ているかもしれません!

ちょっと寄り道、美術解剖学こぼれ話「脇は腕の見せ所」

加藤
脇は古典作品の時代から芸術家の腕の見せ所として表現されてきました。
脇を見せている作品は「複雑な起伏を表現できている」=「知識と技術がある」という証明になったのです。

単純に古代の作家さんも前鋸筋が好きだっただけかもしれませんが。

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『ベテラン漫画家 キャラ作画の秘訣を 美術解剖学者に聞く』記事一覧へ

・「単純化→細部」の順でなんでも描ける! ・画力アップのカギは「肩・腰」の表現力にあった! ・キャラの躍動感は「重心の変化」で表現できる! など、どこにも載ってない著者オリジナルのノウハウが詰まった超濃密な1冊。

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畑健二郎(はた・けんじろう) 
漫画家。福岡県生まれ、兵庫県出身。『ハヤテのごとく!』(小学館)、『それが声優!』(はじめまして。)、『トニカクカワイイ』(小学館)などの人気マンガ作品を数多く執筆している。『トニカクカワイイ』は、週刊少年サンデーにて大人気連載中!
X(旧Twitter)アカウント:畑健二郎@『トニカクカワイイ』連載中!(@hatakenjiro

                                                  

加藤 公太(かとう・こうた)
美術解剖学者。イラストレーター。グラフィックデザイナー。東京都生まれ。文化服装学院 服装科卒業。東京藝術大学デザイン科卒業。東京藝術大学大学院美術解剖学研究室修了。X(旧:Twitter)で“伊豆の解剖学者”(@kato_anatomy)として美術解剖学に関する情報を発信している。