苦しみのほうが多かったこれまでのサッカー人生
スポーツ選手の自伝は成功物語がベースになることが多いのですが、この本にはそういう英雄伝的な内容や成功秘話のような話がほとんど出てこないのが一番の特徴だと感じています。
宇佐美貴史選手は神童と騒がれ、小学生の頃からガンバ大阪のアカデミー(育成組織)でプレーしてきました。そして17歳でプロデビューした正真正銘の天才です。
「昔はイケイケだった」と本人も述べているように、若い頃は天狗になるときもあったのかと思いきや、本書を読めばその頃から地に足をつけてサッカーについて考えてきたのがよくわかります。
19歳でドイツの名門バイエルン・ミュンヘンへ移籍するものの出場機会に恵まれず、ガンバへの復帰やドイツでの再挑戦を経て、2023年から遠藤保仁(現ガンバ大阪コーチ)がつけていた背番号7をつけて、ガンバのキャプテンを務めています。
ガンバを国内タイトル3冠に導いたり、Jリーグのベストイレブンに3度も選ばれたり、輝かしい実績をたくさん残しているのですが、本書で印象的に綴られるのは試合にあまり出られないときや思うような結果を残せないときに何を考えていたか。逆境や苦境に陥りながらも、何度も這い上がってきた姿には、読んでいてとても励まされました。

どんなときも忘れないユーモアと飾らない正直さで綴る苦難のほうが多い半生。
本書のあとがきでも記されている「90%の苦しみが生む10%の充実」という言葉は、まさに傷だらけの天才、宇佐美選手のサッカー人生を体現する言葉だと思います。
私がとくに感銘を受けたのは、宇佐美選手のその飾らなさです。サッカー選手には大言壮語を言ったり、強気な発言を行う選手も珍しくありません。勝負の世界で、厳しい競争を勝ち抜くにはそういう姿勢もときに必要だからです。しかし、宇佐美選手はどんなときも自らにベクトルを向け、真摯にサッカーと向き合い、虚飾のない言葉を紡いでいる。

14年間の宇佐美日記をすべて詰め込んで、大幅に加筆した内容は500ページを超える大ボリュームに。
本の厚さは30mmのいわゆる「鈍器本」の重厚さ。
ここまで自分をさらけ出してくれるスター選手はなかなかいないのではないでしょうか。
本の帯にある「サッカーと生きる」のコピーは構成を担当したライターの高村美砂さんが考えてくれたのですが、その言葉に偽りなしだと思います。とにかくサッカーへの純愛が全面にあふれ出ています。
あと愛情という意味では、ガンバ大阪への愛も当然すごいです。宇佐美選手自身、幼少の頃からガンバを応援してきた生粋のサポーターだけあって、ファンの方に向けた言葉にも実感がこもっているように感じます。
Jリーグが始まって30年、苦楽をともにしてきたクラブの象徴となるような選手がピッチにいることは本当に素晴らしいことです。いまの宇佐美選手の背中を見て、将来ガンバの歴史を作るような選手が出てくる。そんな物語を想像せずにはいられません。

今季の開幕戦ではガンバ大阪のホームスタジム「パナソニックスタジアム吹田」で先行発売を行いました(現在は終了)。
今シーズンは昨季からのケガの影響かコンディションが上がっておらず、開幕から良いパフォーマンスができていないように見えます。一冊の本を担当しただけなので偉そうなことは言えませんが、この苦しみも彼ならきっと乗り越えて、糧にすると信じられます。
サッカーの1プレーにはその選手の人生が表れます。いちファンとしては、あまりいろいろ背負いすぎないでという気持ちにもなりますが、それもまた彼らしいと言えるのかもしれません。
とにかくこの純粋なる苦悩のフットボーラーの生きざまを目に焼き付けよう――。そんなサッカーを見る喜びを与えてくれる本、ぜひ手に取っていただければ幸いです。(担当編集・森)