◆メッシは「止める」「蹴る」「運ぶ」に境目がない
―止める、蹴る、運ぶといった技術について、選手の映像から風間さんに解説していただく予定だったのですが、うかがったところ「ほとんどメッシになってしまう」ということだったので、メッシ論でいくことにしました(笑)。
風間 上手い選手はそれぞれたくさんいるのですが、じゃあ、例えば「止める」でベストな映像を探すとメッシになってしまうんです。
「蹴る」「運ぶ」もそう。
それで、ここがポイントなのですが、メッシは「止める」「蹴る」「運ぶ」が全部セットになっている。
そして、「止める」「蹴る」「運ぶ」に境目がない。
―セットになっている?
風間 「止める」と「運ぶ」が別々ではない。
止めるときはボールの絵柄が見えるぐらいハッキリと止めています。
つまり、「止める」と「運ぶ」が曖昧になっていません。
そういう意味では「止める」と「運ぶ」は別々です。
セットというのは、簡単にいえばボールの置き所が全部同じだということです。
メッシがボールを「止める」場所は「蹴る」ための場所でもある。
いつでも蹴りだせる場所へ止めています。
そして、「運ぶ」ときも同じで、いつでも「蹴る」ことができる場所に置いたままドリブルしています。
トップスピードでもそこからボールが離れていない。
常に全部がセットになっているわけです。
◆ドリブルするのに理想的な走り方をするメッシ
―トップスピードでドリブルしてもボールが足下から離れないのはメッシの特徴ですね。
風間 ドリブルの走り方が独特です。
メッシがドリブルしている映像を見ると、シューズの裏側があまり見えません。
全く見えないというわけではないですが、他の選手と比べると明らかに見えにくい。
―足を後方に蹴りだして走っていない?
風間 滑るように走っていますよね。
交互に足を前へ出すことで進んでいる。
陸上競技の走り方とは違います。
―ボールを足下から離さないための走り方なんでしょうね。
だいたいメッシの左足の前にずっとボールがあるように見えます。
風間 100メートルを速く走るなら、陸上競技の走り方がベストだと思いますが、サッカーでそんな距離をドリブルすることはほぼありません。
10メートルぐらいを速く走る、しかもボールをいつでもプレーできる場所に置きながら、ということならメッシの走り方は理にかなっているのだと思います。
―境目がないというのは、それだけ常にボールを好きなようにプレーできる状態で、しかもトップスピードでやれる。だから狭いスペースでもプレーできるんですね。
風間 その技術ではぶっちぎりで頂点ですね。
メッシがドリブルしていると、相手はまだドリブルするのか、シュートするのか、パスを出すのかわからない。
「相手を自分の中に入れない」というのもメッシを論じるときの重要なテーマです。
―自分の間合いを保ったままプレーできる。
風間 ドリブルは相手に仕掛けていくのではなく、よけていく。
普通は相手につっかけて行って、フェイントをかけて反応させて逆へ行くのですが、メッシの場合は基本的によけていく。
自分の進む途中に相手が出てきたらよける。
―障害物競走みたいな感じ。
風間 同じカットインでも、アリエン・ロッベンとは違いますよね。
ロッベンなら、横に4人並べておけばシュートは打たれないでしょう。
メッシだと、それでも打たれてしまうと思います。
◆「ほとんどの人がなれない」それでも天才メッシを目指すべき理由
―ところで、メッシは唯一の存在ですよね。
メッシから学んでもメッシにはなれないと思うのですが、あえてメッシの技術に注目しているのはなぜですか。
風間 マラドーナは作れないと思いますが、案外メッシは作れるかもしれないと思っているんです。
―作れますか?
風間 現在の指導方法と仕組みでは無理です。
ただ、そこを変えればメッシそのものを指導で作るのは無理としても、見つけやすくはなる。
今の状況では、まずそのメッシになれる才能があるかないかもわからないし、見つけても伸ばせない。
―現状の何が問題なのでしょうか。
風間 現状でサッカー選手って、「川の石」なんですよ。
転がっていくうちに角がとれて丸くなっちゃう。
むしろ今のトレーニングは丸い石を作るためにやっているのかもしれない。
プロでやるための規格に合わせてしまっているようなところがあります。
―例えば、現状の何を変えればいいのでしょう。
風間 1つ考えているのは、VRなどのテクノロジーを使ったトレーニングです。
人が突然出てきたのをドリブルでよける練習とか。
もう1つは、環境面で今やっているスペシャル・トレーニング(通称スペトレ)。
幅広い年代の選手たちを一緒にプレーさせる。
一種のストリートサッカーですが、極端に体格の違う相手とプレーすることで子供たちがいろいろな反射を覚え、知恵をつけていくのが狙いです。
小さい相手、大きい相手、速い、遅い、強い、いろいろな相手がいる中で、同年代だけの練習では身につかないことが身につきます。
いずれにしても、指導者側が今までにない練習や環境を提示していかないと、たとえメッシのような才能を持った子がいたとしても発見できません。
―なるほど。
規格外の選手を作ろうとするなら、練習や環境も規格外でないといけないわけですね。
でも、メッシになれる才能を持った人はほんの一握りでしょう。
それでも皆がメッシを目指すべきなのでしょうか。
風間 目指すべきだと思います。
なぜならメッシには現在の技術が集約されているからです。
例えば、トニ・クロースは「止める」と「蹴る」に関してはトップクラスの技術がありますが、メッシのような「運ぶ」はありません。
クロースはもちろん素晴らしい選手ですが、目指すならすべてがあるメッシであるべきだと思います。
メッシを「答え」として、そこからその技術がどうなっているのかを知り、身に着けていく。
メッシ自体を作るというより、技術の見本として最高のものを知り、目指していく必要があるのではないでしょうか。
―メッシを目指した結果、「やっぱ俺はクロースだな」とか「ファンダイクのほうが向いているな」となっても、それはそれでいいと。
風間 もちろん皆がメッシになれるわけではない。
まずほとんどの人はなれないですよ。
メッシではない何者かになるわけですが、メッシの持っている技術を理解するのは大切だと思います。
バルセロナの選手たちも、メッシと同じことをしようとはしていませんよね。
けれどもメッシのことは理解している。
そしてそれぞれの個性でやれることをやっています。
ただ、メッシが何をしているのか理解していないとメッシと一緒にプレーするのは難しいでしょう。
メッシとプレーできる選手を育てる意味でも、メッシに学ぶべきだと思います。
(構成:西部謙司 イラスト:内山弘隆)
著者 風間八宏
定価 1,300円+税
ページ数 112
判型 A5判
著者プロフィール
風間八宏 Yahiro Kazama
1961年10月16日、静岡県生まれ。清水商業高校時代に日本ユース代表として79年のワールドユースに出場。筑波大学在学時に日本代表に選出される。卒業後、ドイツのレバークーゼン、レムシャイトなどで5年間プレーし、89年にマツダ(現サンフレッチェ広島)に加入。日本人選手Jリーグ初ゴールを記録。97年に引退後は桐蔭横浜大学サッカー部、筑波大学蹴球部、川崎フロンターレ、名古屋グランパスの監督を歴任。サッカークラブ「トラウムトレーニング」の代表を務めるなど、独特の技術論とメソッドでサッカー選手を伸ばす手腕に定評がある。現在はセレッソ大阪アカデミーの技術委員長、南葛SCの監督・テクニカルダイレクターを務める。