“粋”をつくり上げた人びとは何を身にまとっていたのか?
徳川家康が幕府を開き、そして明治維新を迎えるまで、260年以上続いた江戸時代。この長きにわたる天下泰平の時代、人びとの着物はさまざまに変化していきました。現代の私たちが見慣れた着物の形は、実は江戸時代後期に定まった形です。江戸時代前期の着物は戦国時代の名残りが見られ、細い帯紐やぶかぶかした着物、平安時代からつづく「下げ髪」で髪を結わないなど、現代の「着物」とはかけ離れた印象でした。”粋”が醸成されるまで、さまざまな流行や変遷があったのです。
◆江戸時代にも、流行の歴史がある
時代が安定していくにつれ、歌舞伎役者や町人たちが流行の発信源となって、色や模様の種類、着こなし方、髷(まげ)の結い方などにもさまざまなパターンが表れ、洗練されていき、江戸の“粋”が醸成されていったのでした。
◆「見た目でわかる!」身分・職業ごとに異なる男服
江戸時代は「見た目でわかる!」というビジュアル重視の時代。士農工商など身分が規定されていたため、男性の衣服には身分や職業ごとの特徴がはっきりと表れていました。武士はもちろん、商人、職人(火消、大工、左官、屋根葺、植木屋、瓦師、畳屋、仏師など)、奉公人、物売りや貸本屋、歌舞伎役者、医者、儒者、俳諧師、軽業師や太鼓持ちまで、あらゆる職業の人びとを紹介。職業に応じた着こなしを知れば、時代劇に込められたこだわりにも気付けるようになるかもしれません。
◆女服を見れば流行の歴史が分かる
男服が「仕事着」だったのに対して、一般の女性にはいわゆる仕事服はなく、流行や年齢などに応じた多彩な着こなしが見られました。芸者や遊女から流行り出した髪形や着こなし、歌舞伎役者が発信源となった文様や色など、トレンドに敏感な町人女性たちの姿が絵画などにも残されています。
◆“粋”のポイントは「さりげなさ」と「アクセント」
江戸時代のお洒落上級者の着こなしは、現代から見ても真似したくなるほどのこだわりようです。袖や襟の裏にちらりと見える柄を使ったり、落ち着いた色合いのなかにアクセントになる差し色を使ったり、ときには流行りの柄を大胆に取り入れたり。見せびらかすのではなく、分かる人には分かる、というのが江戸のお洒落のポイントなのです。「これが粋ってやつなんだな」と実感できれば、あなたも立派な江戸マニア!
◆大河ドラマの人物を探してみよう!
江戸の出版王・蔦屋重三郎。彼は江戸・吉原の引手茶屋の養子として育てられ、その一角で貸本屋を開きました。江戸の出版文化で「貸本屋」の存在は欠かせません。『南総里見八犬伝』や『曽根崎心中』『東海道中膝栗毛』といったベストセラーから廓通いの男性たちの手本となる洒落本まで、あらゆる層に需要があった大切な娯楽の一つだったのです。
もちろん吉原の遊女たちも貸本を読んで教養を身に付けていました。遊女といえば絢爛豪華なイメージがありますが、実際はどんな衣装を着ていたのでしょうか? 遊女の中でも最も階級の高い「花魁」は遊女たちを引き連れ吉原を歩く鮮やかな「花魁道中」で人びとを魅了しました。もちろん、同行する振袖新造(ふりそでしんぞう)や禿(かむろ)たちの衣装も花魁のコーディネートに合わせたものになっています。
やがて蔦屋重三郎は吉原から日本橋へと進出します。日本橋といえば江戸経済の中心地。武士や商人、物売り、貸本屋、鳶などあらゆる身分・立場の人びとが行き交い、当時の絵からも声が聞こえてきそうなほどの賑わいでした。
日本橋に店を構えた蔦重は、絵師や俳諧師など多くの文化人と出会い、次々とベストセラーを刊行していきました。当時、俳諧・狂歌・川柳は身分職業を問わず、広範な階層に渡って愛された文芸分野でした。
やがて蔦屋重三郎と深く関わることになる江戸幕府の幕臣たち。しかし武士と一口に言っても、儀礼時のみに着る長裃、略礼装の半裃、紋付の羽織、私的な雰囲気の継裃、また特別な儀礼時に着る装束など、TPOに合わせたさまざまな種類や組み合わせがありました。
身分や立場、そして当時の流行や世相を表す「江戸の衣装」。知れば知るほど興味深く、そしてもっと深く時代劇を楽しめること間違いなし!
著者 菊地ひと美
ページ数 176
判型 A5判
定価 1,680円+税
著者プロフィール
菊地ひと美(文と絵)
江戸の衣装と暮らし研究家。衣装デザイナーを経て、早稲田大学の一般講座や江戸東京博物館で十年間学びつつ著作活動(文と絵)に入る。2002年から始まった日本橋再開発に作品が起用された。2004年国立劇場より制作依頼を受けて描いた『伝統芸能絵巻』全4巻(10ⅿ)は、海外2か国の国立美術館(ローマ・ブダペスト)で3か月間展覧。2008年には、丸善 丸の内本店にて同絵巻の国内初披露を含む個展を開催。現在は絵本を含む著作を中心に活動中。著書に、『江戸で部屋さがし』(講談社)、『江戸衣装図絵 武士と町人』『江戸衣装図絵 奥方と町娘たち』(筑摩書房)、『江戸の暮らし図鑑 女性たちの日常』(東京堂出版)、『お江戸の結婚』(三省堂)ほか多数。