建築家・隈研吾が、オノマトペを駆使して目指すものは何か? 

つんつん、ぐるぐる、ぱらぱら・・・オノマトペはモノの状態やモノとモノとの関係を表す言葉です。『隈研吾 オノマトペ建築 接地性』では13のオノマトペをもとに、隈研吾氏自身が携わった56の建築を分類し、紹介・解説しています。

接地と切断

僕のいまの最大の関心は、接地である。建築をどう接地させるかである。

 細かくいえば、接地にも2つの種類があり、ひとつは、建築を大地とどう具体的に接合するかという意味での接地。モダニズム建築はまったく逆に、建築を大地から切断することを重要視して、ピロティという切断の手段を発明した。その結果大地がまったくさびしい場所となり、切断された建築の方も大地から栄養を吸収することができなくなって、すっかり貧相なものになってしまった。
 もう一種の接地は、AIに関する議論の中で頻出する記号接地問題(シンボル・グラウンディング・プロブレム)における接地である。本来的に人間の身体的感覚とは無関係に自立し、浮遊する性向がある記号という存在を、どのようにして人間の感覚につなぎとめるかという意味の接地である。その記号をつなぎとめ、接地させるための手段として、オノマトペという道具がきわめて有効であると、僕は感じているのである。
 昨今のAI(人工知能)ブームがきっかけとなって、この記号接地というテーマは、哲学や科学で大きく取り上げられるようになった。認知科学者のスティーブン・ハルナッドが、1990年に最初にこの記号接地というテーマの重要性を指摘したといわれている。その中で彼はシマウマを例にとって記号接地を説明する。シマウマという単語(zebra)は、シマ模様をまとった馬という画像イメージとともに人間の脳には接地しているが、コンピューターにzebraという単語を示しても、コンピューターは馬も縞模様も思い浮かべることはできず、実世界のzebraとはつながっていない、すなわち接地していないとハルナッドは主張した。AIにできることは、ひとつの記号と別の記号とを結びつけるだけであり、それぞれの記号が人間の感覚に実際に接地していないならば、言葉を別の言葉で説明してみたところで、永遠にその言葉に対する理解は得られない。 
(『隈研吾 オノマトペ建築 接地性』 9頁より抜粋)

隈研吾氏はオノマトペを設計手法に取り入れることで、モダンとポストモダンを超えた、またAIなどの最新テクノロジーをも超えた、建築があるべき方向を指し示します。この本では13のオノマトペをもとに、隈研吾氏自身が携わった56の建築を分類し、紹介・解説しています。

下記にオノマトペ建築の一部を紹介します。

ぐるぐる

国立競技場

全体のジオメトリーでは、垂直性で上昇志向の強い1964に対し、水平性を基調とし、そこにぐるぐるとした回転運動を加えることで、低成長時代のオリンピックにふさわしい現代的で控え目な象徴性を達成し、トラックをぐるぐる回る陸上競技場というコンテンツとの共振をめざした。

The Exchange

シドニーのダウンタウンの中心のダーリング・ハーバーに立つコミュニティセンターには、周囲の超高層群とは対照的に、人々から愛され、緑の広場と融け合う、やわらかさ、暖かさが必要と考えた。
ニュージーランドの松を防腐処理したアコヤと呼ばれる材料を選択し、そのアコヤのプランク(厚板)をまげて編むようにして、やわらかく開かれた印象の外壁とした。プランクの隙間をあけ、さらに平行のジオメトリーに斜めのノイズを組み合わせることによって、環境に融け込むさらさらとした開放感を生み出した。

ざらざら

ところざわサクラタウン 角川武蔵野ミュージアム

通常、割肌仕上げだと、隣同士の石の端部を揃えるように加工するために、ヨーロッパの石工が得意とするラスティケーション仕上げのような、おとなしく古典的なざらざらができあがってしまう。
ここではまったく逆に、石の端部をあわせずに、その厚みのギャップを放置し露呈することで、ラスティケーションとは対照的な、野性のざらざらをつくることができた。

すけすけ

Coeda House

熱海の海を真下にのぞむ丘の上に立つ、木で組み上げた透明なカフェ。
通常の木造建築では、コーナー部分に木の柱が立ってしまい、たとえガラスで覆ったとしても、すけすけ感が失われてしまう。日本の伝統的な木造建築への僕の不満は、コーナー柱の強い存在感であった。

ふわふわ

高輪ゲートウェイ駅

街と駅がシームレスにつながり、街と電車がシームレスにつながった新しい都市の状態をめざした。
未来の鉄道においては改札も消え、カードやスマホを機械にかざすという手続きも消滅すると考えられている。
その時文字通り、鉄道という空間と都市の空間とがシームレスにやわらかくつながるわけであり、その時無意識のうちに行われる街から駅への空間移動の上部に、フワッと軽い屋根だけが載ったような曖昧な状態をめざした。

オノマトペから学ぶ

 僕の最大の関心は接地性の回復である。しかも接地性を記号性や機械性を補完するものとして用いるのではなく、接地性こそを建築の本質として再発見したい。それが今の僕の立ち位置である。同様にして、ディープラーニングによって、コンピューターを用いて接地性を回復させようとする中途半端な試みに対しても、僕は懐疑的である。接地をテクノロジーによってではなく、身体を通して回復したい。そのためにオノマトペの原始的な身体性から学ぶことが必要であり、擬態語の豊かな表現力に学びながら、物質そのものを、豊かに、さまざまに語らせたいのである。

(『隈研吾 オノマトペ建築 接地性』15頁より抜粋)

隈研吾 オノマトペ 建築 接地性

定価 2,600円+税
著者名 隈 研吾
ページ数 256
判型 B5判
発行年月日 2024/08/01
ISBN 9784767833217

プロフィール

隈研吾[くま・けんご]
1954年横浜生まれ。1979年、東京大学大学院工学部建築学科修了。
1985 ─86年にコロンビア大学客員研究員。1990年、隈研吾建築都市設計事務所設立。
2001─ 09年、慶應義塾大学大学院、2007─ 08年、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校にて教鞭をとる。
2009年、東京大学大学院教授に就任。2019年、東京大学特別教授。
初期の主な作品に、亀老山展望台(1994)、水/ガラス(1995、全米建築家協会ベネディクタス賞)、
「森舞台/登米町伝統芸能伝承館」(1997、日本建築学会賞)、
「馬頭広重美術館」(2000、村野賞)、グレート・バンブー・ウォール(北京、2002)など。
その後、日本国内で、根津美術館(2009)、梼原木橋ミュージアム(2010)、まちの駅「ゆすはら」(2010)、
浅草文化観光センター(2012)、アオーレ長岡(2012)、銀座歌舞伎座(第五期、2013)、
九州芸文館(2013)、サニーヒルズジャパン(2013)、国立競技場(2019)、角川武蔵野ミュージアム(2020)などを発表。
海外では、ブザンソン芸術文化センター(2012)、マルセイユ現代美術センター(2013)、
ダリウス・ミヨー音楽院(2013)、中国美術学院民芸博物館(2015)、
スイスのUnder One Roof Project for the EPFL ArtLab(2016)、スコットランドのV&A Dundee(2018)などを完成させている。
現在、ヨーロッパ、米大陸、中国、アジア各国で多数のプロジェクトが進められている。 
著書は、『自然な建築』(岩波新書)、『小さな建築』(岩波書店)、
『日本人はどう住まうべきか?』(養老孟司氏との共著、日経BP 社)、
『建築家、走る』(新潮社)、『僕の場所』(大和書房)ほか多数あり、
多くが海外で翻訳出版されている。