
「歌仙恋之部 物思恋」(絵はすべて『ぶらり謎解き浮世絵さんぽ』より)
「歌仙恋之部」は美しいのは恋をしているときとばかりに、顔をアップにして、状況を違えて描いた全5枚のシリーズ。とくに「物思恋(ものおもうこい)」は名作中の名作です。気品があり、凛とした美しさにどこか気だるげな表情のこの女性は、「物思恋」つまり恋をしているということ。ですが、眉毛がないことから既婚女性ということが分かります。不倫?叶わぬ恋?など想像が膨らみます。
この絵の魅力はこだわりぬいた繊細なディテールにあり
■うっすら見える鬢差し
鬢をピーンと張りそれをキープするために使う「燈籠鬢(とうろうびん)」と呼ばれる鬢差しがうっすらと。よく見ないと分からないけれど、ここまでしっかり描いております。

うっすらと奥が透けて見えていますが、これを版画で表現しているというのが驚きです。
■超絶技巧の髪の生え際
髪の生え際は、髪の黒い線の間にうっすらと淡いグレーの線を入れて表現。しかもこの黒い線とグレーの線は、版木に1㎜ほどに3本の線を彫り残すという細かい技です。1㎜の中に3本の線を彫るのも大変ですが、欠けないようにするのもグレーの版木と黒の版木が重ならないように摺るのも大変。彫師さん摺師さんの超絶技巧による仕上りです。

線がにじんでいるわけではなく、黒の版木とグレーの版木を分けて彫って、1枚の紙に摺って、この何とも言えないグラデーションの生え際を表現
■最先端の着物
着物は、当時流行の有松絞りの襦袢(じゅばん)を襟元にのぞかせて、「千鳥あられ」いう模様の入った小袖がポイントです。しかも32羽描かれた千鳥たちはお顔がすべて違います。

当時浮世絵は、流行りのファッションを知るメディアでもあり、江戸っ子は描かれた浮世絵の女性たちのファッションを参考にしていました。
■優しいフォルムの手
そして何と言っても絵の中央に描かれる手。物思いにふける彼女の指先の愛らしさも必見です。フォルム、何とも言えない指の形から、恋する女性を表現しています。

歌麿だからこそ描けた手といえそうです。この絵を見て葛飾北斎は美人画をあきらめたとか
浮世絵の制作は、版元・絵師・彫師・摺師からなるチームの共同制作です。この浮世絵は版元の蔦重と歌麿、そして腕のよい彫師・摺師が集まったスーパー職人チームによるお仕事だったからこそ、透き通るような肌に繊細な髪の毛や瞳など…魅力がつまった作品となり、江戸っ子達を魅了したのです。
『ぶらり謎解き浮世絵さんぽ』 著・牧野健太郎
160ページ、B5変形判、定価2,200円+税
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