「電子のきもちになって考えてみる」化学者、平山令明さんに聞く わくわく化学!

化学者、平山令明さんが執筆した『文系にもわかる 一気読み!化学入門』は、「化学とは何か?」から始まり、化学反応、それを支配する原則、そして私たちの生命、暮らしの化学物質までを一気に説いた本です。教科書ではわからなかった、化学者が語る「わくわく」する物質世界の真実は、どんな視点から生み出されたのか、お話を聞きました。

電子って何者?! 活動的で好奇心がある電子こそ、この物質世界の牽引役?

 

――化学反応を理解するためにはそもそも、「電子の気持ちになってみる」ことが大事だとか?

平山令明さん(※以下、敬称略) ぼくは、何かやるとき、例えば本を書くなら、読む人の立場になって考えようと心がけています。だから、それと同じように化学反応を理解しようと思ったら「電子の気持ちになって考えてみる」ことが大事だと思っているんです。

――電子は、あまりにも小さい存在(※約100京分の1メートル)! そんな電子の「気持ち」など考えたこともありませんでした…。

 平山 電子は、原子(1億分の1㎝)内の原子核(原子の10万分の1)の周囲にある、小さな粒子(原子の1分の1㎝)です。この電子の性格というのは、活動的で好奇心がある。さらには外部からエネルギーを受け取ったらすぐさま新しいところに出かけて行くという向上心もあります。だから、原子内の限られた部屋(電子殻/でんしかく)に閉じこもらず、より広い場所に出て、この世界を自由に動き回りたい、他と関わりたいと思っている。
この性質がなかったら、原子がどんどん化学結合して、分子ができて、分子がさらに結合し大きい分子ができて小さい生物を生み、それがさらに大きい生物や人間を生み出して、とならなかったでしょう。

 

▲原子モデル。中央が原子核
(陽子と中性子から成る)で、
その周囲の電子殻にある粒子が電子。


▲電子は、原子の中の電子殻という、
部屋にいる。

 

――物質同士を結びつけているのは、原子の中のとてつもなく小さな電子なんですね。 
でも中には活動したくない、引きこもりの電子もいたりするのでしょうか?

平山 元素周期表の18族の貴ガス(希ガス)は、反応性が低い原子で、その中にいる電子は、(電子殻の中に)閉じこめられてじっとしているように見えます。でも、やはり活動する機会をうかがっていて、きっかけがあれば化学反応を起こします。
ファンデルワールス相互作用がそうですね。原子同士が集まるのは、原子の中にいる電子が動き回っていて、あるとき電子のプラスとマイナスが引き合った結果、起こるわけです。それで1個引き合うと、連鎖反応でどんどん集まってくる。1個だと弱い力も集まっていけば指数関数的に強くなる。

 

▲18族の貴ガスの
電子は 閉じこもって
いる!?

▲▼-の電気を帯びた電子同士は反発するが、 -の電子の偏りによって原子に+が生じた結果、
電子を媒介に原子や分子同士が引き合う。

 

▲電子の移動によって+を帯びた原子に-の電子が捉えられることも。
化学反応においては、活発な電子のやり取りがある。

 

――閉じ込められても自由な心を忘れない…電子ってすごくポジティブ?

 平山 そうです。そういう電子の性質によって、この世界では離散、集合といったさまざまな化学反応が起こり、多様な物質が生まれています。私達人間も電子を持つ原子でできているわけだから、根源的にそういう性質はあるのではないでしょうか。
例えば、小学生が、休み時間になると校庭にばーっと飛び出して行きますね。電子殻の中で可能な限り広がりたい電子のように、子供たちもせまい教室に閉じこもらず、やっぱり広い世界へ出ていきたい。それはわがままじゃないよね、って思うわけです。

――私達のより広い世界を求める自由な心、それは電子由来なのかも(笑)。

平山 電子の自由に広がりたいという性質は、行き過ぎると、エンロトロピーの増大につながるという負の面もあります。本ではこのエンロトロピーの増大についても説明しています。

▲電子が行きつくところまで広がり続けた先は…?

 

化学式や構造式は単なる符号ではなく、実体を活き活きと表現するシンボル!

 

――好奇心あふれる電子の活動というイメージで捉えると、化学反応はがぜん面白く感じますが、化学式で記述されてしまうと、苦手意識を感じます。

平山 化学式や、化学構造式は、物質の性質をひと目でわかるように表すために、化学者が苦心して編み出した記述方法です。ただの記号の羅列にしか見えないかもしれませんが、化学者にとっては、原子だったら原子の個性を可能な限り、シンボリックに表そうとした結果なんですね。だから、化学式を見ると、例えばHCという原子が棒でつないであっても、そこに電子の流れが見える。「あー電子がこっちに集まってきちゃっている」と思うわけです。
2重結合だったら、そこには電子がいっぱいで、あっち行ったりこっち行ったりね。不思議の国のアリスのウサギにみたいに走り回っていて活発だなとか、そういう感じですね。また、ABという分子があった時、電子によってどういう形でくっくつのかも想像できます。そういう活き活きとした情報が入っている。だから、化学的な現象が理解できるし、化学反応が予測できます。

 

▲化学構造式は単なる符号の羅列ではない!?

 

――ここでも電子! 電子の動きで起こることが予測できるんですね。

平山 やっぱり電子がキーなんですよ。「電子がいる場所や予想される動きから、こことここの部分が反応しやすい」とわかる。それにより医薬品の分子も作れるし、化粧品の原料も作れる。こうしたことは、もちろん、ただ紙で勉強していただけでは、読み取れません。実験を経て自身の経験とたくさん結びつくことで多くの情報を読み取れるようになります。
音楽家がたくさんの曲の楽譜を見て、実際に聞いて勉強しているうちに、ひと目楽譜を見るだけでそのメロディが聞こえてくるように、化学者は化学式や化学構造式を見るだけで、その性質や現象を読み取れます。

 

化学者はプロファイラー!? 五感で物質を感知する

 

――聞いたことがない曲も、楽譜を読めば演奏できるように、実際に見たことがない未知の物質も化学構造式によって、どんなものかがわかる?

平山 電子が分子の中のどこにどれだけいて、どのように動くかが分かると、その物質の形、色、性質、匂い、ちょっと難しいですが味がわかります。それは、実験室で私達化学者は分子の性質を理解するためにあらゆる感覚を使っているからですね。匂いを嗅ぐのはもちろん、必ず舐めてみる、という研究者もいます。毒だとしてもごく微量だったらたいへんなことにはなりません。でも、皆さんは絶対にまねしないで下さい!
実験室で自分たちの五感と化学構造式を結び付ける。これは、自分の身を守るためにも大事なことです。合成途中で変に甘い匂いがしたら、シアン(青酸カリで知られる猛毒)の可能性があったりしますから。ある物質の匂いから、何時間前に誰かこぼしたんだなと察知したり、匂いから目によくない物質を察知することで、目を守ったりもします。

――まるでプロファイラーみたいです。

平山 匂いで化学物質を特定し、事件を捜査する、「スニッファー」という海外ドラマもありますね(2013年ウクライナ制作。数々の賞を受賞し、60カ国以上が放映権を取得している。日本でも2016年にリメイクされた)。現場に残ったアーモンドの匂いから推理したりします。面白いですよ。

▲化学者は、この世界の法則、そして物質をわずかな手がかりから推理する。

 

――未知の環境で最後に生き残るのは、ひょっとすると化学者なのかも…?

 平山 駅構内で洗剤を入れたアルミ缶が破裂したという事故がありましたが、化学製品に囲まれた現代の生活では誰しも化学的知識はあった方がよいと思います。いや、なければならないと思います。本の終章は、日常の化学製品に対し、化学の知識をどう役立てるかというテーマになっていますので、その部分も読んでいただきたいと思います。

 

お話をうかがったのは…
平山令明 ひらやま のりあき
1948年、茨城県生まれ。1974年、東京工業大学大学院修了。ロンドン大学博士研究員、協和醗酵工業(株)東京研究所主任研究員、東海大学開発工学部教授、東海大学医学部教授、東海大学糖鎖科学研究所所長、東海大学先進生命科学研究所所長を経て、2022年から東海大学医学部客員教授。理学博士。現在のおもな研究課題は、コンピュータ科学を駆使した、より効果的で、より安全な医薬品の開発。さらに、人間のQOL向上につながる有用物質の探索・創製にも興味を持って研究活動を展開している。著書に『「香り」の科学』『暗記しないで化学入門』『熱力学で理解する化学反応のしくみ』『分子レベルで見た薬のはたらき 第2版』『はじめての量子化学』(いずれも講談社ブルーバックス)、『教養としてのエントロピーの法則』(講談社)などがある。

 

定価 1,900円+税  著者名 平山 令明  ページ数 268  判型 A5判 発行年月日 2024/05/02 ISBN 9784767832715