『忍たま』『戦国BASARA』『豊臣兄弟!』の舞台は、実はこんな世界だった──室町・戦国のリアルを図解で読み解く

忍たま、刀剣乱舞、戦国BASARA、FGO……。数々の名作の舞台となった“あの世界”は、実際にはどんな場所だったのか?戦や英雄の物語はよく知られていますが、当時の建物や町の姿は、意外と語られていません。そこで今回は、SNSで大反響を呼んだ『建築知識1月号 室町・戦国時代の詳説絵巻』から、編集部おすすめの記事を厳選してご紹介。城、町、寺社、屋敷――作品の背景が“圧倒的なリアル”でよみがえる。創作にも歴史理解にも効く、室町・戦国の奥深い世界をのぞいてみましょう!

お城は粗末な建物だった!?

私たちが「お城」と聞いて思い浮かべるのは、壮麗な天守を中心としたあの姿。しかし室町時代の城は、まったく異なるものでした。当時の城は、有事に籠城するための“軍事拠点”にすぎず、生活空間はほとんどありません。守備兵が寝泊まりするための掘立小屋がある程度で、その規模も6×4mほど。多くは山上に築かれた山城でした。

ところが16世紀に入ると、争いが日常化するなかで、城主の居館そのものを城内に移す例が徐々に増加。そして織田信長の登場によって、ようやく私たちが思い描く“天守を備えた城郭”が形づくられていきます。

室町時代後期の山城・浜松城。徳川家康の居城でもあった

織田信長の安土城。安土桃山時代に入ると、天下人や大名の権勢を象徴する本格的な天守建築が始まる

中心地・京都は戦乱とともに変貌!

京都の町並みは、室町・戦国時代の戦乱によって大きく姿を変えました。始まりは、室町幕府の庇護を受けた「土倉酒屋」と呼ばれる商家が、貴族から宅地を買い取り、独自に再開発を進めたことにさかのぼります。

しかし、応仁・文明の乱を経て世は本格的な乱世へ突入。一揆が活発化すると、治安を守るための防御的な構造物が町に次々と整備されていきました。

さらに豊臣政権の時代になると、秀吉による大規模な京都改造が実施され、町は一気に変貌します。聚楽第や御土居といった象徴的な建造物も、この時期に登場したのです。

南北朝・室町時代の京都の町並み。応仁・文明の乱以前も一揆による不安定な情勢は始まっていたのです

豊臣政権による京都改造初期の京都。この時代に現在まで続く鰻の寝床が登場します

ほかにも、港町や忍者屋敷、武士の住宅など盛りだくさん!

誌面ではこのほかにも、港町、城下町、村落、武士の住宅、忍者屋敷、茶室、寺社、能舞台など、など、当時の“リアルな空間”を徹底図解。室町・戦国を舞台にした作品をもっと楽しめる内容が盛りだくさんです。

16世紀ごろの港町。港町は、中世の地域社会では最も規模の大きい都市でした

下級武士の住宅。秀吉とねねも新婚当初はこのような家に住んでいたと考えられている

さらにさらに!

・町や建築に深く関わった将軍・大名たちの人物像

・町や建築の歴史を動かした事件の背景

も一緒に解説しているので、「なぜこの建物が生まれたのか」「どんな意図があったのか」まで、物語として読み解けます。

2026年の大河ドラマ『豊臣兄弟!』の予習・お供にもぴったりの一冊です!

 

「建築知識2026年1月号」

定価:1,800円+税

B5判/126ページ