シンプルにして、究極の移動手段「徒歩」の能力を養う

「帰宅難民」という言葉が生まれて久しいですが、災害時に交通機関が麻痺してしまったら、歩いて避難しなければならない状況に陥るかもしれません。
長距離を楽に歩ければ、避難行動の選択肢が広がるので、練習するに越したことはないはず。
忍者が生きた江戸時代の記録から考えると、30~40㎞の距離を日常的に歩けるポテンシャルは、私たちの体にも備わっているはずです。

東京から静岡まで1日で歩けた?

男十里女久里(おとこじゅうりおんなくり)」という慣用句があります。
これは江戸時代の人が旅をするとき、1日に進む距離の目安を言ったものです。
一里はおよそ4㎞ですから、男性で40㎞、女性で36㎞ほど歩くことになります。
大変な距離に感じますが、昔の人は普通に歩けていたのでしょう。
まして忍びは、常人が進まない悪路や険路を越え、長距離をいち早く移動して、情報を持ち帰る必要があります。
忍びにとって、歩く能力がとても重要であったことは、想像に難くありません。
「徒歩(かち)」は武芸の一つにも数えられていたほどです。

江戸時代に『万民千里善歩傳(ばんみんせんりぜんほでん)』という歩き方の指南書が記されています。不及(ふきゅう)先生なる人物から伝授された「不及流歩術(ふきゅうりゅうほじゅつ)」を岡伯敬(おかはっけい)が『万民千里善歩傳』として伝え残したものです。
この書物と忍術との直接的な関係は、まだよく分かっていないのですが、一部で伊賀流の忍術と関わりがあると言われています。
伝書では、「健(健康)なる人は四十里の行程一日に至(いた)易(やす)かるべし」と説いています。
四十里は約160㎞なので、今の感覚からすると凄まじい長距離を歩くことを目指したウォーキング指南書です。

 

 

江戸時代の人々はこんな格好で旅をしていた

編笠(あみがさ)

日差しよけ、雨よけに便利。
普通の帽子と違って笠の部分が頭に密着しないので、風通しがよく快適です。
硬くてしっかりしているので、藪(やぶ)などを通るときに顔や頭の保護にもなります。

 

上衣(うわぎぬ)

帯で腰を締めるので懐に物を入れられます。
襦袢(じゅばん)や長手甲、前掛けなどを下着として着用していました。

 

羽織(はおり)

防寒着です。
今で言うジャケットやコートのようなものです。

 

股引(ももひき)

今で言うズボンのようなものです。
脚をピッタリ保護して、疲労を軽減してくれます。

 

手甲(てっこう)

手首と前腕を保護します。
日焼け対策にもなります

 

脚絆(きゃはん)

足首と脛・脹脛(ふくらはぎ)を保護します。

 

草鞋(わらじ)

アスファルトの地面で草鞋を履くと、すぐに擦り切れてしまうので、現代人は地下足袋(じかたび)などを履くとよいでしょう

 

 

奥深い徒歩の世界

『万民千里善歩傳』に記されている基礎的な歩法を実際にやってみましょう。
運歩法(みつあしうんふほう)」という歩き方をご紹介します。

この歩き方は、(しん)・行(ぎょう)草(そう)の三伝からなります。
どの足使いも、それほど特殊な歩き方はしません。
(はた)から見ても、動きの変化がほとんどわからない程度の違いです。
足腰の感覚に意識を向け、歩き方の質を変えるつもりで実践してみてください。

「真」の歩法は、膝を軽く曲げて腰を落とし、左右の脚を五分五分に出して歩きます。簡単そうですが、意識しないと利き脚に重心が偏りやすくなります。左右均等を注意して歩いて下さい。歩くときは、あまり腕を大きく振らないようにしましょう。これは「真・行・草」すべての歩法に共通します

「行」の歩法は、脚を出す時に体の重みが、片方に四分、もう片方に六分かかるように歩きます。つまり片側を少し休ませる気持ちで歩きます。長距離を歩いていると片側の足腰の関節が痛くなってくることがありますが、「行」の歩法で歩けば、負担が分散して楽になります。しばらく歩いて、疲れてきたら左右の配分を入れ替えて歩きます

「草」の歩法は、思うままに歩きます。日頃歩いているように自由に歩いてください。「真・行」の歩法を踏まえたうえで「草」の歩法を行えば、普段歩いているときとは違った感覚で歩けると思います

 

第5回へ、つづく(Coming soon)

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『キャンプ気分ではじめる おうち防災チャレンジBOOK』

定価   1,500円+税
ページ数    128
判型        A5判

発行年月   2023/03
ISBN 9784767830865

解説

習志野青龍窟(ならしの・せいりゅうくつ)

忍道家。武術家。松聲館技法研究員。港区防災アドバイザー。各種イベントや国内外のメディアに多数出演。映画の忍術指導も担当。山修行や断食の実践、稽古、国際忍者学会への参加など精力的に活動している。今に役立つ温故知新の心身運用法を指導している。小学校や大学などでセミナーや教室なども開催している。
X(旧Twitter)アカウント:習志野青龍窟 忍道家(@3618Tekubi
YouTube:忍道家 習志野修行チャンネル

 

イラスト

齊藤きよし(さいとう・きよし)

忍術研究家。デザイナー。イラストレーター。パルクール講師。桑沢デザイン研究所卒業後、某自動車企業勤務を経て独立し、現在は「Shinobi Design Project」を立ち上げ活動。自ら古典的な忍術を研究・修行・実践し、現代の仕事や暮らしに活かせる生きた忍術を探求。学校等で忍術を活かした体験・実践的な情報教育の指導も行う。著書に『図解 万川集海』。「SDP STORE」にて忍器・忍具の製作と販売も行う。
X(旧Twitter)アカウント:きよし|デザインと忍者とパルクール(@Kiyoshi_Design
公式ホームページ:Shinobi Design Project