首の可動域の限界を知る
加藤:まずは、首の基本的な構造について一通り解説していきます。
畑:よろしくお願いします!
加藤:首は7つの骨(頚椎:けいつい)からできています。
正面を向いている人を横から見ると、首の骨は前方にカーブしていて、いちばん上の骨(第1頚椎)は耳の真下くらいにありますが、いちばん下の骨(第7頚椎)は背面寄りにあります。
そのため首はやや前方に傾斜しているのです。
加藤:首は左右にそれぞれ45度くらい傾けることができ、傾けた状態で肩を上げると耳が肩に付きます。
加藤:上を見上げた首を横から見ると、前面のラインは直線状になります(左)。
逆にうつむくと、あご先が首の付け根に近づいた状態になります(右)。
加藤:首を回した場合の可動域は、左右にそれぞれ60°程度です。
従って実際には、首の動きだけで真横を向くことはできません。
ただし、「胴体は正面から見せつつ、横顔を真横から描く」というような、可動域を誇張したポーズは、よく表現されます。
畑:首の可動域をあまり極端に誇張しすぎると変に見えるので、注意していますが、私も実際の可動域を少し超えて描くことはあるように思います。
男女の首の違い
加藤:首の前面の形状には、男女差があります。
成人男性はいわゆる「のどぼとけ」(甲状軟骨)が出っ張っています(左)。
声変わりする前の少年は、「のどぼとけ」が未発達なので、前面の出っ張りは目立ちません。
一方、女性にも「のどぼとけ」はありますが、その下にある「甲状腺」(こうじょうせん)というホルモンを分泌する器官が男性よりも発達しているので、輪郭が比較的なだらかになります(右)。
首の形を決める2つの筋肉
加藤:首の形を捉えるうえで覚えておきたい筋肉は、「胸鎖乳突筋」(きょうさにゅうとつきん)と「僧帽筋」(そうぼうきん)です。
特に、首の正面でV字形の溝をつくる「胸鎖乳突筋」は、線がかなり省略された画風のイラストでも描かれることの多い、重要な筋と言えます。

オレンジ色が「胸鎖乳突筋」、青色が「僧帽筋」
加藤:胸鎖乳突筋は、頭の向きに応じて形状が変化します。
頭の向きに関係なく、胸鎖乳突筋を描いてしまうと、違和感の原因になるので以下の2点をチェックしておいてください。
・横を向くとカタカナの「レ」のように見える。
・上を向くと前方にカーブする。
胸鎖乳突筋が「耳の後ろにある乳様突起」と「胸骨&鎖骨」をつないでいる筋であることを意識すると、頭の向きに応じた形状の変化をイメージしやすいと思います。
加藤:「僧帽筋」は背中と肩をひし形に覆う筋肉です。
「僧帽筋」の筋肉量は首の長さに影響し、筋肉量が少ないと「首の長い、怒り肩」に見え、筋肉量が多くいと「首の短い、なで肩」に見えます。
大柄なキャラや筋肉質なキャラの首が短く見えるのは、「僧帽筋」を誇張して描いているからですね。
ちなみに、首の太さは、深部の筋が影響しているので、表面の筋描写に影響はありません。
単純に太く描くだけでも違和感は出ないでしょう。
首の長さは第一肋骨と鎖骨の形から考える
加藤:首の筋肉量に関係なく、首が「長い人」と「短い人」もいますが、これは第一助骨と鎖骨の形状が影響しています。
第一助骨のカーブが緩くなっていると、肩の土台をつくる鎖骨の位置が下がって「首の長い、なで肩」に見えるのです。

首長族として有名なカヤン族(ミャンマーの少数民族)のレントゲン写真を見ると、その特徴がよく見て取れる
首のデフォルメについて
加藤:キャラ作画的でよく話題になるのが「頭の大きさに対して、首が細い場合にどうつなげたらよいのか」という問題ではないでしょうか?
畑:そうでうすね。
特に女性キャラは、リアルベースの首にすると太すぎてマッチョに見えてしまうので、細長く描きます。

細すぎると不自然になる。また、ついつい長く描き過ぎないように注意しよう
畑:こんな感じで、細くデフォルメされた首を真横から見たとき、どのようにバランスを取ればいいでしょうか?
加藤:細くデフォルメされた首のラインは、頚椎を基準にするのが良いと思います。
頚椎のラインをできるだけ現実の人体に即した形にすることで、安定感のある首元を表現できます。
あご下の輪郭線の表現方法
畑:首が細い場合、こんな感じで上を向いているキャラの顔を真正面から見るイラストは、ほとんど描きません。
顔の印象が変わらないように調整するんですが、なんか嘘っぽいような気がして…。
少し横に振ると描きやすくなるんですけどね。
私のキャラは、首が細く、あごもかなり鋭角にしているので、あご下の輪郭がこれでいいのか不安です。
加藤:確かに、首が実際よりも細いので、あごの輪郭線や陰影をリアルに描写しようとすると違和感が出るかもしれませんね。
畑:「首と後頭部がどのようにつながっているのか」とか「うなじの生え際がどうなっているのか」とかを考え出すと収集がつきませんw
今回のテーマとは関係ないですが、鼻の穴の描写も厄介なので省略してます。
加藤:畑先生のキャラは、上を向いた時もあごが小さく見えるようにデフォルメされていますね。
実際には、少し上を向いている人のあごの輪郭は、エラとあご先を結んだほぼ一直線の線になります(左側)。
しかし、首とあごの細さを強調するために、首の付け根を起点に「W字形」の陰影に調整されているのが興味深いです(右)。
畑:アオリのキャラのあご下って、W字形の陰影をつけることが多いんですけど、実際は違うのですか?
加藤:あご下の輪郭は、横から見ると下図の青線のように「耳からあご先にかけて1回輪郭が折れ曲がるだけ」です。
もし、W字形の陰影をつけるなら下図の赤線のように「耳からあご先にかけて2回輪郭を曲げる」必要があります。
畑:なるほど。
試しに、実際の形状に合わせてあご下の陰影を調整してみました。
加藤:あごのシャープな印象がなくなり、四角い顔に見えますね。
W字形の陰影をつけたほうが、キャラとしては見栄えが良いかもしれません。
畑:立体的に整合性が取れていれば、自然な表現になるとは限らないんですね。
対象を立体的に把握する
畑:先ほどの加藤先生の図のように、横顔と比較しながら正面の顔を描いてみました。
畑:こうやって見て、はじめてわかったのですが、元の絵は口の位置が少し低すぎたようです。

左:修正前の元のイラスト。口の位置が低い 右:修正後のイラスト。口の位置を横顔に合わせた
畑:あと顔の角度も、私が想定したよりも、全然上を向いていなかったことがわかりました。
キャラクターを立体的に把握することの重要性を実感します。

左:イメージしていた顔の角度 右:立体的に整合性の取れている顔の角度
加藤:鼻の位置を高くするだけでも、上を向いている印象を強められるようです。
畑:こんな感じでしょうか。
加藤:上を向いた印象が強くなっているように感じます。
パーツの配置のちょっとした差で、顔の印象が変わるのが奥深いですね。
畑:今回も今後の作画に生かせそうな内容ばかりでした!
ありがとうございます!
ちょっと寄り道、美術解剖学こぼれ話「古代の首の表現」
加藤:実際の人体構造に基づいて解釈するのは難しいですが、古代エジプトのアマルナ美術の作品は、首が細く頭の大きな女性を巧みに表現しています。
ネフェルティティ胸像(紀元前1345年、ベルリン考古学博物館蔵)
畑:これは面白い。
美しく感じるデフォルメには、古代から共通するものがありそうです。加藤:昔から首は案外に適当に表現されていたりもします。
たとえば、ギリシャ神話に登場するミノタウロスは、頭が動物で体が人間という空想の生物ですが、首の骨格をリアルに検証すると不自然です。
しかし、見た目の違和感はさほどないですよね。
胴体とうまく繋がっていて、動きに制限が少なそうであれば、概ね問題ないのです。
←第8回へ
『ベテラン漫画家 キャラ作画の秘訣を 美術解剖学者に聞く』記事一覧へ
・「単純化→細部」の順でなんでも描ける! ・画力アップのカギは「肩・腰」の表現力にあった! ・キャラの躍動感は「重心の変化」で表現できる! など、どこにも載ってない著者オリジナルのノウハウが詰まった超濃密な1冊。
DVDビデオ付き!アニメ私塾流 最速でなんでも描けるようになるキャラ作画の技術
室井康雄(アニメ私塾) 著
160ページ
B5版
定価2,400円
畑健二郎(はた・けんじろう)
漫画家。福岡県生まれ、兵庫県出身。『ハヤテのごとく!』(小学館)、『それが声優!』(はじめまして。)、『トニカクカワイイ』(小学館)などの人気マンガ作品を数多く執筆している。『トニカクカワイイ』は、週刊少年サンデーにて大人気連載中!
X(旧Twitter)アカウント:畑健二郎@『トニカクカワイイ』連載中!(@hatakenjiro)
加藤 公太(かとう・こうた)
美術解剖学者。イラストレーター。グラフィックデザイナー。東京都生まれ。文化服装学院 服装科卒業。東京藝術大学デザイン科卒業。東京藝術大学大学院美術解剖学研究室修了。X(旧:Twitter)で“伊豆の解剖学者”(@kato_anatomy)として美術解剖学に関する情報を発信している。