【建築知識のたてもの探訪】まちとつながる。エコなオフィスのリノベーションーWORK VILLA MITOSHIROー

安井建築設計事務所(本社 大阪)は創業100周年を迎えた2024年を機に、東京事務所を千代田区の平河町から神田美土代町にある築60年のオフィスビルに移転しました。組織力に強みをもつ同事務所が「個」の力を引き出す仕組みづくり、オフィスリノベーション手法を徹底解説します。

1階東面ファサード。改修で新たに設けた軒下空間は、まちとつながり、椅子・テーブルを出して活動できる

 

築古の大規模ビルをZEB化

オフィス街の活気と、歴史・文化が共存する神田に建つ地上9階建て・地下3階のオフィスビル。安井建築設計事務所東京事務所はそのビルを「WORK VILLA MITOSHIRO」として改修したうえで、1階〜3階に移転しました。新オフィスは地名にちなんで「美土代クリエイティブ特区」と命名。広さは約3千㎡、在勤人数は約250人。1階は「まちとつながるスペース」、2階は会議室・応接室エリアと働く場、3階は働く場、という構成になっています。

「新しいオフィスでは、社員個人がやりたいことにチャレンジできることを重視しました。主体性を尊重し、個人のクリエイティビティを存分に発揮してもらうことは、最終的に事務所の力になるはずと自負しています」(東京事務所設計部 主事 杉木勇太氏)。移転から1年、「まちとつながるスペース」で開催されたイベントには累計3千人以上の来場があった。異業種の人との関係も生まれています。

 

1階平面図

 

吹抜けのある開放的な新オフィス。部署間の垣根を越えてコミュニケーションが活発化しているほか、2階の一部までは外部の人も自由に出入り可能で、内外に開かれたオフィスの設えとなっている。ビルはZEB Orientedの認証を取得し、省エネ性能も社会の潮流に見合った水準となっている

 

さらに同ビルは、省エネ改修によりZEB Orientedの認証を取得しています。既存躯体を生かすことが前提だったので、1階の一部をサッシ交換したほかは、既存の単板ガラスに遮熱フィルムを張って断熱性能を高めました。

「2004年に外装や耐震などの大規模な改修が行われており、その際、窓の外にルーバーとライトシェルフが付き、ペリカウンターも設置されていました。なので、今回は遮熱フィルムで最大限の断熱効果を得られるように改修。総務部からは、電気代が前のビルよりも約38%減ったと聞いています」(東京事務所設計部 主任 小林寧々氏)。

 

ZEBには4つの定義がある。省エネ性能の高いほうから、以下のとおり。①ZEB:年間の一次エネルギー消費量が正味ゼロまたはマイナスの建築物。②Nealy ZEB:ZEB Readyの要件を満たし、年間の一次エネルギー消費量をゼロに近付けた建築物。③ZEB Ready:外皮の高断熱化および高効率な省エネ設備を備えた建築物。④ZEB Oriented:延べ面積10,000㎡以上の建築物を対象とし、外皮の高性能化および高効率な省エネ設備に加え、さらなる省エネルギーの実現に向けた措置を講じた 建築物。「WORK VILLA MITOSHIRO」は④に該当する

 

照明はLEDに交換し、平均照度を750ルクスから500ルクスに。また、高効率空調機とクラウド型エネルギーマネジメントシステムの導入により、室内温湿度管理と連動した空調制御とデータ分析を行い、最適なエネルギー効率を実現。これらの省エネ化により、ZEB Orientedの要件である「基準値からの一次エネルギー消費量削減率40%以上」を達成しました。築古の大規模建築物のZEB化は希少な例。ただし、環境負荷低減の時代的要請から空調に頼らない手法も模索し、中間期には吹抜けを介した自然換気を促すことで、外気温ベースの環境との共生も実践しています。

 

自ずと働きたくなる内外装

今回の改修にあたっては、現行の建築関連法規への適合を確認しながら、1階外装の一部と内装の改修を実施。活用可能な既存部分は生かしたうえで、新しい概念のオフィスにするべく、丁寧に調査を重ねて設計を進めました。1階の「まちとつながるスペース」部分の外壁は「SOLIDOtypeF facade」(ケイミュー)だ。「『SOLIDO typeF facade』は既存仕上げとの相性がよく、軽量で、改修にとても向いている建材です[※]」(杉木氏)。

 

1階キッチン。社員がコーヒーをいれたり料理をつくったり、休憩や簡単な打ち合わせを行ったりできる場所。木質感を高め、利用者がリラックスして過ごせるようになっている。ウッドデッキ材はヒノキ

 

内装では木材を積極的に活用。ホールや会議室・応接室エリアの床をフローリングで仕上げ、1階はキッチンをウッドデッキにしたり、家具を木で製作したりして木質化。植物も至るところに配置し、都会のなかで自然の豊かさが感じられるオフィスになっています。

 

※ 「SOLIDO typeF facade」を採用した「WORK VILLA MITOSHIRO 美土代クリエイティブ特区」は「ARCHITECTURAL DESIGN AWARD 2024」(主催:ケイミュー)で、最優秀賞を受賞。外部(まち)と内部(オフィス)をつなぐインターフェースとしての素材の使い方が高く評価された

 

 

省エネ 築60年の大規模建築改修でZEB Orientedの認証を取得

窓断熱と自然換気

「まちとつながるスペース」は断熱・気密性能の高いヘーベシーベの複層ガラス木製サッシ(ニヤトー/ムラタワークス)を取り付け、まちに対して開放できるように。開放した1階に入る風は、新たに設けた吹抜け階段を介して2階・3階にまで流れ込む。中間期は、自然換気前と比べて2~3℃の室温低減が確認され、空調エネルギー量の削減につながっている(上の写真は改修前)

高効率空調機

空調機で調温・調湿した新鮮な空気は、ダクトを通して室内の各所に供給される。排気はコア側で行う。外気は室内機まで送られる(室内機はシミュレーションを経て直吹きとし、ダクト施工費を削減)。外調機と室内機が一体化されていないため、中間期は空調を停止しても換気が成り立つ