JAS構造材を軸に生かす
夢・建築工房に入社する前、私はS造やRC造の集合住宅を多く設計していました。でも、その当時から、いつかは〝木造で快適な集合住宅をつくってみたい〞という思いがありました。夢・建築工房が埼玉県産材を使った木造住宅を事業の柱にしていることもあり、いつかその夢をかなえられる日が来るのではないか、と思いながら日々、仕事に取り組んでいたのです。そんなときに、若いオーナーから「木造で高性能な賃貸住宅を建てたい」と相談がありました。これはやるしかない、と。そこで誕生したのが「弐番町アパートメント」(2021年)です。
外壁には木の羽目板を縦張りして、駐輪場などの外構や庭を丁寧につくり込みました。地元の工務店だからこそできる〝質の高い賃貸住宅〞であり、大手ハウスメーカーにはまねできないような〝この街に溶け込む〞木の集合住宅の佇まいになっていると考えています。おかげさまで入居者さんの満足度も高く、竣工して5年ほど経ちますが、空室になることはほとんどありません。

埼玉県産のJAS 構造材(機械等級区分構造用製材)を用いて設計された「弐番町アパートメント」。木造高性能賃貸住宅の事例として、全国の設計者・施工者から注目を浴びており、岸野氏はこれまでに培った知見の共有を積極的に行っている。ウエスタンレッドシダーの縦羽目板張りで仕上げられた外壁、荻野寿也氏(荻野景観設計)が手がけた植栽は、建物の付加価値をこの上なく高めている
この建物の骨格になっているのが、秩父(埼玉県)のスギを使ったJAS構造材です。使ったきっかけは、オーナーの「木造賃貸住宅をやるなら、〝エビデンス〞のある材料を使おう」というひと言でした。私はそれまで、JAS構造材を〝意識的に選ぶ〞ことをしてこなかったのですが、とりわけ機械等級区分構造用製材は、ヤング係数(E)や含水率が明確に表示されているので、工業製品と同じように品質が担保されています。2025年4月には4号特例も廃止され、多くの木造戸建住宅では構造計算が必要になっているので、その意味でも、機械等級区分構造用製材は理にかなっています。国や自治体の補助金も活用できるので、工事費も抑えられますしね。

「弐番町アパートメント」の101号室。断熱・気密、遮音性能に優れており、交通量の多い道路からの音や隣家の音に悩まされることなく、寒い時期には暖かな日差しを採り入れながら、快適に一日を過ごすことができる。入居者の満足度は高く、空室もすぐに埋まる
加えて、木造にはS造に比べて断熱性能を高めやすいという強みがあります。S造の場合、熱橋対策がどうしても難点になるのですが、木造であれば、充填断熱と付加断熱を組み合わせることで、目標としている断熱等性能等級7の水準にまで性能を高められます。実際、「弐番町アパートメント」の入居者のなかには、冬でも暖房を使っていない方もいらっしゃるくらいです。また、木造賃貸住宅では〝音〞が問題になりやすいのですが、外壁や界壁に吸音性の高い高性能グラスウールを入れ、間柱の配置を千鳥にしたり、石膏ボードを2重に張ったりなどにすれば、遮音性能も十分に高められます。音に関するクレームはまだ1件もありません。
地元の木で街並みを彩る
さて、「弐番町アパートメント」の外壁には、耐候性が高いウエスタンレッドシダーを使っています。昨今は、円安の影響もあって価格が高騰しており、この後に竣工した2棟の戸建賃貸住宅「弐番町戸建PJ×2棟」では、埼玉県産のスギを外壁や塀に採用しました。実際に使ってみて、性能面の不安はまったくありませんでした。むしろ、最近では、全国的にスギ丸太の大径化が進んでいることもあり、枝のない元玉の部分からは特に、節のないきれいな化粧材が取れるようになってきています。また、赤身や白太をあらかじめ選別して調達することも可能なので、設計の意図に合わせて材料を選べるようにもなっています。

埼玉県産材のスギを外壁(縦羽目板張り)や木塀に採用した「弐番町戸建PJ×2棟」(2025年竣工)。少しずつ褪色しているものの、劣化はなく、経年変化の美しさが感じられる。背後に見えるのが木造3階建て共同住宅。間もなく、高坂(埼玉県東松山市)に木の賃貸住宅が誕生する
これは大きな変化であるといえるでしょう。なぜなら、当社がある高坂駅(東武東上線)の周辺には、夢・建築工房が手がけた建物が現在30棟ほど建っているのですが、本来は単体であるはずの建物が有機的につながり、だんだんと〝地元の木で彩られた街並み〞ができつつあります。おかげで地元の方にも愛着をもってもらえるので、われわれの仕事がしやすい環境もさらに整ってきました。
2026年2月には、飯塚豊さん(i+i設計事務所)が設計を手がけた1時間準耐火構造の木造3階建て賃貸住宅「弐番町FLAT」 が竣工します。いわゆる木三共(平27国交告255号)の建物ですが、外壁にはもちろん埼玉県産のスギ材を採用します。
私たち地場の工務店は、地域の大切な資源である地元産の木材に精通しています。そのなかで、木造賃貸住宅は、一般的なアパートやマンションとは異なり、地域に根ざした〝暮らしの質〞をつくる建築だと私は考えています。素材の選び方ひとつで街の表情は変わるし、そこに住む人の気持ちまで変えられる。だからこそ、地元の木にこだわる価値は大きいのです。
これからも、地域の木を使った高性能な賃貸住宅をつくり続けて、この地元ならではの〝木の街並み〞を育てていきたいですね。 [談]
岸野浩太[きしの・こうた]
1975 年北海道生まれ。大学卒業後、東京都内の設計事務所に勤務し、共同住宅や事務所などの設計監理、分離発注(CM方式)による住宅の設計施工を担当。2005 年夢・建築工房入社、2013 年より同社代表取締役。1級建築士。一般社団法人新木造住宅技術研究協議会(新住協)理事。著書に『エコハウス現場写真帖』、共著に『現場写真で学ぶ実施図面の描き方増補改訂版』(ともにエクスナレッジ)、『初学者の建築講座 住宅の設計』(市ヶ谷出版社)があり、近年では木造高性能賃貸住宅の普及に力を注いでいる
JAS構造材についてのお問い合わせ
一般社団法人 全国木材組合連合会内 [林野庁補助事業]
JAS 構造材実証支援事業 事務局
TEL 03-6550-8540
E-mail info@jas-kouzouzai.jp














