頭蓋骨の単純化するときは「7つの出っ張り」を基準にする
畑:斜めのアングルからキャラを描くとき、顔の輪郭やパーツがバランスよく描けているのか、いつも心配なんですよね。正確に頭部の立体感を把握するのにいい方法ってありますか?
加藤:頭部の立体感を把握する基準になるのは、やはり頭蓋骨です。頭蓋骨は、形状がかなり複雑なので、写実的なキャラ造形をする場合は、解剖図を可能な限り詳細に把握するのがお勧めです。
加藤:ですが、マンガ的なキャラ作画にそこまでの情報量は必要ないので、解剖図を単純化した「ワイヤーフレーム」が役立つと思います。ポイントは「顔(顔面頭蓋)の出っ張りが強い部位」を基準にすることです。下の図の赤いマークがその部分です。
加藤:ちなみに、これらの出っ張りには解剖用語があるので、一応、書いておきます。ここで覚える必要はないので、読み飛ばしても大丈夫です。
1:外後頭隆起(がいこうとうりゅうき)
2:乳様突起(にゅうようとっき)
3:下顎骨の関節突起(かがくこつのかんせつとっき)
4:下顎角(かがくかく)
5:前頭骨の頬骨突起(ぜんとうこつのときょうこつとっき)
6:頬骨体(きょうこつたい)
7:オトガイ隆起
とりあえず「何らかの構造・形・空間がある部分に名前がある」「漢字は音読み」と覚えておけば十分です。
マークした「7つの出っ張り」を線でつなぐ
加藤:赤い点でマークした部分を図1のように線で結びます。この段階の線はある程度太くて構いません。この時、顔の前面・側面・下面とおおまかに面を意識してください。
加藤:図2の青い線は正中線です。正中線は左右のバランスを確認するために重要です。顔面の正中線は、鼻の凹凸などを無視して額から顎先までまっすぐつなげます。頭部は、そのまま頭蓋に沿って線を引きましょう。
加藤:図3の緑の線は、こめかみ(5:前頭骨の頬骨突起)と側頭部(2:乳様突起)をつなぐ線です。この円の内側は、頭部の垂直な面(側面)を構成します。頭頂部のドーム状の面(上面)と区別してください。
加藤:不足している頭蓋の輪郭線を図4のように黄の線で補います。主に頭頂部から後頭部をつなぎます。
加藤:図1~4の線だけを抽出したのが図5。これが頭蓋骨の単純形状(ワイヤーフレーム)です。線の色分けは解説するために使っただけなので、練習するときは一色で構いません。
ワイヤーフレームは、陰影の整理にも役立つ
加藤:図5の線を清書したものが図6です。ラフに引いた線から、いいと思うラインと形状に絞り込みました。
加藤:影をつけるとこんな感じ。単純な形にすることで、陰影の入り方を整理しやすくなりますよ。いちいち実物のモデルを確認しなくても、ある程度のライティング操作は、これで可能です。
加藤:このワイヤーフレームをガイドに、顔のパーツを描き込んでいけば、顔のバランスと立体感をとりやすくなると思います。作画崩壊は、主に上下・左右の位置関係やパーツの数え間違いなどから生じます。プロでも確認が不十分だと手の指が6本になったりするので、初心者はなおさらです。
加藤:参考までに頭部のフレームに、首から下を描き足してみました。自分の好きなキャラや美術作品、モデル写真などを単純化する練習を繰り返すうちに手に馴染んでくると思います。
美少年・美少女は子供の骨格を取り入れる
畑:早速、教えてもらったワイヤーフレームをもとに作画してみました! が、そのまま使うと、私の作風には合わない部分がありそうですね……。特に顎と口が大きくなりすぎます。
加藤:確かに。美術解剖学は成人男性をモデルにした骨格図を掲載するのが一般的ですからね。少年・少女が描かれることの多い漫画やアニメのキャラ作画にはミスマッチな部分がありそうです。子供の骨格は、解剖図を作画するための資料にも乏しいですし……。
畑:目と耳や頭(頭蓋)のボリュームは、意外とおさまり良く描けている気がするんですけどね。
ちょっと寄り道、美術解剖学こぼれ話「正投影」
加藤:下の図は、6歳ごろ(左)と大人(右)の頭蓋骨を5方向から見たものです。
加藤:美術解剖学では、このような図を「正投影」と言います。複数視点の図を並べることで、立体的な位置関係を推測しやすくしています。解剖図を眺めるときは、下の図のようなイメージで立体を意識すると学習効果が高まりますよ。最初は難しいですが、慣れてくると頭の中で位置関係が意識できるようになります。ただし、この方法は斜めの視点が想像できないので、機会があれば科学博物館などの骨格模型でイメージを補完するとよいでしょう。首都圏にお住まいの方は、東京駅近くの「KITTE丸の内」に入っているインターメディアテクに足を運んでみてください。人間を含むさまざまな動物の骨格標本を無料で鑑賞できます(2024年6月現在)。
子供の骨格は顔(顔面頭蓋)の高さが額と同じ
加藤:話を戻しましょう。子供と大人の頭蓋骨で最も違う点は、顔(顔面頭蓋:がんめんとうがい)の大きさです。下の図で、青と赤に色分けされた赤の部分[※]です。範囲は目から顎まで。子供と大人の骨格を比べると、大人のほうが、顎が発達して顔が上下に長いことがわかりますね。つまり、顔の高さを減らすと子供っぽい顔つきになり、逆に高さを増やすと大人びた顔つきになるということです。この違いを作画に応用すれば、違和感を解消できるのではないでしょうか?
畑:なるほど。確かに顔面頭蓋のバランスを調整すると、私のイメージにグッと近づいて、描きやすくなりました。
畑:今回は女性キャラを描きたいので、目元や輪郭の表現を若干やわらかくして……、こんな感じ。
畑:髪の毛を描くとこんな感じですね。いつも思うことなのですが、わりと「ちゃんと描けた!」と思っても髪の毛を描くと、なんか不自然なバランスになってしまいます。このイラストも髪の毛を描いた後に、顔の輪郭に微調整を加えました。
理想のイラストをベースに、フレームのバランスを調整してみる
加藤:畑先生のイラストを先ほどのフレームを使って解析すると、「頭が正円に近い」「顎先が尖っている」「エラ(下顎角といいます)の部分がかなり高い位置にある」ことが分かります。特に頭部の正円は昔からキャラ作画に使われることが多いです。有名なところではディズニーキャラの頭部に正円が使われていますよね。
加藤:右側のフレームは子供の頭骸骨をベースに描き起こしたものです。これを畑先生のイラストをもとに、頭部を円形に近づけて、顎の形を整えると左側の赤線のようになります。
加藤:赤線のフレームを整えたものがこちら。リアルな人の顔をキャラ作画にそのまま落とし込むと、違和感が出てしまう場合は、このように自分のイメージに合わせてフレームをデフォルメ(形を強調または省略すること)してみると良いかもしれませんね。
畑:ちなみに今回は、キャラ造形に合わせたデフォルメだけでなく、顔のアングルに応じたバランス調整も加えています。実際の人間の顔って、角度によっては別人に見えるほど印象が変わりますが、マンガキャラは見る角度が変わっても顔の印象は変えたくないので…。それこそミッキーの耳みたいな感じです。
加藤:横顔の口元の描写とかは、よく引き合いに出されますよね。立体に起こすと正面から見たときに「ひょっとこ」みたいな口になってないと成立しないっていう。
畑:主に、輪郭・目の大きさ・鼻・口の調整が必要です。
下顎の線は、喉の中心線にあたる
加藤:少し気になったのですが、畑先生の作例で、アオリの顎の奥側の線って何を表現していますか?
畑:そこは……、なんとなく顎下の輪郭のつもりで描いてました。そういえばあまり気にしたことはなかったです。
加藤:もしや奥側の顎(エラ)の表現なのかと思ったので…。私の勘違いでした。顎下面の輪郭ということでしたら、美術解剖学的な認識と一致しています。顎下は顔が上を向いたときに正中線の辺りが、前に出っ張ります。これは首と顎のつながりと左右のバランスを確認するのに役立ちます。
畑:なるほど!この線って顎下面の正中線だったのか!自分のなかのフワフワしたものを具体的に把握するのは、やはり大切ですね。表現の幅が広がりそうです。
加藤:今回のように人体を単純化することを「図形化」と呼びます。形を整えるポイントはもう1つあって、それが「比率」です。美術では「プロポーション」と言います。次回は、プロポーションについてお話してみたいと思います。
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畑健二郎(はた・けんじろう)
漫画家。福岡県生まれ、兵庫県出身。『ハヤテのごとく!』(小学館)、『それが声優!』(はじめまして。)、『トニカクカワイイ』(小学館)などの人気マンガ作品を数多く執筆している。『トニカクカワイイ』は、週刊少年サンデーにて大人気連載中!
X(旧Twitter)アカウント:畑健二郎@『トニカクカワイイ』連載中!(@hatakenjiro)
加藤 公太(かとう・こうた)
美術解剖学者。イラストレーター。グラフィックデザイナー。東京都生まれ。文化服装学院 服装科卒業。東京藝術大学デザイン科卒業。東京藝術大学大学院美術解剖学研究室修了。X(旧:Twitter)で“伊豆の解剖学者”(@kato_anatomy)として美術解剖学に関する情報を発信している。