石山寺とは
石山寺は、東大寺との関係から「官の寺」(国家の監督を受ける代わりに国家より経済的保障を与えられた寺院)として発足しました。平安時代になると独立した寺院として、菅原道真の孫で3代目座主の淳祐内供(しゅんにゅうないく)により学問の寺として確立していきます。多くの学僧により研究や経蔵の整備が図られ、後期の念西(ねんさい)、郎澄(ろうちょう)の尽力で「石山寺一切経」を中心とした仏典のコレクションが形成されました。
平安時代の女性文学者に石山詣は大変人気でした。『蜻蛉日記』の作者である藤原道綱母は、京の都から石山寺まで徒歩で参詣したと言われています。『更級日記』の作者、菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)も石山寺を参詣した記録が残されています。また、都から近く、琵琶湖の風景を堪能しながら参詣できる石山寺は、観光的な意味も含めて貴族の女性たちの楽しみでもあったと考えられます。
石山寺で参籠中、『源氏物語』の書き出しの一節を思いつく
紫式部(970~1019年ごろ)は、平安時代中期に成立した長編作『源氏物語』を執筆したことでも知られています。源氏物語は、主人公の光源氏を通して平安時代の貴族社会を描いた、紫式部の生涯で唯一の物語作品です。
執筆に際して紫式部は、物語の構想を練るため、1004年に石山寺の本堂(滋賀県大津市)に7日間参籠しました。8月の十五夜月のある日、湖に映った月を窓から見て「月のいとはなやかにさし出でたるに、今宵は十五夜なりけりと思し出でて、殿上の御遊び恋しく…」と書き始めの一節を思いついたとされています。執筆自体は、寝殿造の邸宅(現・蘆山寺)で行われました。
「月のいとはなやかにさし出でたるに、今宵は十五夜なりけりと思し出でて、殿上の御遊び恋しく……」
紫式部が参籠した石山寺「源氏の間」
寝殿造の住宅と同様、部屋は大空間を用途に応じてさまざまな塀障具で仕切っていました。石山寺でも母屋と庇、庇と孫庇の間に御簾が掛けられたり、御簾の下には目隠しや仕切りのため几帳も使われていたりしたと思われます。壁の代用として通り抜ける必要のない場所には押障子が、出入りする空間の境界には障子(襖)が用いられました。
参籠は本来、祈祷のために行うことが一般的で、基本的には本堂で雑魚寝する場合が多かったと言われています。紫式部のような貴族が物語の構想を練るために参籠する場合は、窓際に敷居で囲った空間を設えていました。特に皇后(彰子)の女房である紫式部は特別扱いを受けたとされます。
現在、紫式部が参籠した部屋は「源氏の間」と称され保存されています。
執筆道具や略歴も紹介
紫式部が源氏物語の執筆に使用したとされる硯(すずり)は、中国産の紫瑪瑙(むらさきめのう)でつくられ、丘(墨をする部分であり筆先を整えるのにも用いるところ)には日月を表す2つの円相を彫り、海(墨池)にはそれぞれ牛と鯉が彫られているものでした。
各ページには作家の略歴年表も掲載。扱う事例(住宅)に滞在した期間や、前後の流れを知ることで、作品や住宅に込められた思いを知ることができます。
目次構成
1章 文学作品・書斎・筆記用具の変遷
執筆空間の変遷① 貴族・庶民の書斎 18
執筆空間の変遷② 仕事場としての書斎 20
文学発展の系譜① 文学(読み物)の誕生 22
文学発展の系譜② 技術・作風の進化 23
読み書きに用いる家具・道具 24
2章 寺院に根ざす執筆空間の起源〜江戸町屋
[紫式部]平安時代、参籠者が多く訪れた寺院 26
[鴨長明]移動式の簡素な草庵 28
[本居宣長]「国学」の祖が暮らした江戸時代の町屋30
3章 江戸の伝統を引き継ぐ和風建築の住まい
[幸田露伴]江戸の名残ある数寄屋風書院造 32
[坪内逍遥]和漢洋が融合した住まい 34
[田山花袋]横1列型の武家屋敷で少年時代を過ごす 36
[下村湖人]『次郎物語』の舞台となった屋敷 37
[国木田独歩]独歩文学揺籃の地で青春時代を過ごした家 38
[樋口一葉]二軒長屋で店を営みながら執筆 39
[芥川龍之介]〝大正文壇の寵ちょう児じ 〞は明るい書斎で執筆 40
4章 西欧文化を導入した住まい
[夏目漱石]近代的な和風住宅で作家デビュー 42
[夏目漱石]円熟期に住んだ和洋折衷の平屋 44
[森鴎外]終生の住まいとなった坂の上の邸宅 46
[徳富蘆花]トルストイの思想を実践した晴耕雨読の生活 48
[宮沢賢治]宮沢賢治の作品世界を育んだ住まい 50
[島崎藤村]最期の時を過ごした大磯の閑居 51
5章 住まいの洋風化・初期モダニズム
[江戸川乱歩]探偵小説・恐怖小説の祖が選んだ終の棲家 52
[山本有三]当時の流行が取り入れられた和洋折衷の家 54
[佐藤春夫]自らが設計図やモチーフを考えた和洋折衷の家 56
[谷崎潤一郎]住まい・住人ともに小説『細雪』のモデル 58
[永井荷風]戦後の仮住まい的な和風建築 60
[柳田國男]日本民俗学の祖が住んだイギリス式の洋館 62
6章 和風建築の新様式・モダニズム
[松本清張]整理された資料に囲まれ執筆に没頭した書斎 63
[立原道造]建築家詩人が夢見た機能主義モダニズムの家 64
[堀辰雄]愛した地・軽井沢の療養の家 66
[武者小路実篤]和の中にモダニズムの要素を取り入れた住まい 68
[井上靖]蔵書と愛用品に囲まれた家 70
[太宰治]名作を生みだした、12坪半のささやかな借家 72
[吉川英治]戦前から戦後を過ごした青梅の養蚕農家 74
[林芙美子]住み心地の良さを追求した、2棟の平屋 76
[志賀直哉]仕事と生活を切り替える直哉自身が設計した家 78
7章 現代活躍する作家の住まい
[甘糟りり子]手を加えて生き続ける築290年の日本家屋 82
[門井慶喜]近代建築を実現した書斎・書庫のある事務所 84
[高殿円]光と自然を取り入れる中庭のある住まい 86
[下村敦史]連載中のミステリは洋館風の住まいから展開 88
[あさのあつこ]岡山の景色に癒やされながら執筆 90
日本の住宅様式は、古代の寝殿造から近代の洋風住宅、現代の住宅に至るまでさまざまな変容を遂げてきました。各時代の作家の住まいと併せてその変容を追うことで、住宅様式や書斎の変遷を学べるだけでなく、作家の暮らしぶりや執筆作品の時代背景など、より一層理解を深められるはずです。
冒頭の1章では書斎や執筆道具の変遷、文学年表も掲載。資料としても重宝できる一冊です!
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