【建築知識のたてもの探訪】“そこにあるもの”が香り漂う蒸溜所—五島つばき蒸溜所—

2025 年日本建築学会作品選奨に選出された「五島つばき蒸溜所」(長崎県五島市)は、潜伏キリシタンの面影が色濃く残る土地に建てられた小さな蒸溜所です。五島の名産であるツバキをキーボタニカルに用いた人気のクラフトジン「GOTOGIN」を製造・販売しています。設計は石飛亮氏(WANKARASHIN)。その建物からは、地域の歴史や風土を深く感じ取ることができます。

海と山に囲まれた風景になじむように、ボリュームを抑えた低層で勾配のある形状。外装には焼スギ板や木材保護塗装を施した柱やウッドデッキなど、潮風に配慮した耐候性の高い素材を採用している[写真=鈴木信之介]

 

「五島つばき蒸溜所」は、1922年に建立された「半泊教会」の隣に位置します。ジンはイタリアの修道院で薬用酒として誕生したという起源もあり、建物のコンセプトは自然と〝修道院のような蒸溜所〞となりました。蒸溜所の中心にある蒸溜室を中庭に見立て、その周囲を回廊で囲むという修道院のような間取りとなっています。

 

 

一方、クラフトジンはツバキや超軟水など、〝そこにあるもの〞を生かして蒸溜されます。そんな製造法に呼応するように、建物も〝そこにあるもの〞を最大限に生かしました。設計は、五島で数多くの建築を設計してきた石飛亮氏。

「資材の搬入が容易ではないという地理的条件もあり、〝そこにあるもの〞が前提となりました。ドイツ製の大型蒸留器を設置する蒸溜室は、スパン5.46m、最高天井高5.6mという木造としては大きなスケールですが、近隣で調達した60×120㎜角の小径材をアーチトラスとして、柱のない空間を実現しています。島内にはプレカット工場がないため、仕口や継手を使わず、ドリフトピンのみで構造強度を確保。そのアーチトラスは、祈りの場を想起させるようにもなっています」。

歴史と風土の香りが漂う「五島つばき蒸溜所」。〝場所性〞という建築にとって最も本質的な価値を教えてくれます。

 

配置 群れとして環境に調和すること

「五島つばき蒸溜所」は、「半泊教会」を含む周辺環境との調和が感じられる建築です。建物の規模や形状、内外装に用いられた素材の風合いなどが最適なものとなっています。

 

1,365m間隔で並ぶ小径製材のアーチトラスと、あらわし仕上げの構造用合板が温かみを感じさせる無柱空間の蒸溜室。アーチトラスに沿って設けた勾配天井の両脇には高窓を設け、右側(建物正面)にはポリカーボネート、左側にはステンドグラスを採用。やわらかな光を採り込み、教会のような厳かな雰囲気を演出している[写真=大竹央祐]

左から増築された倉庫、「五島つばき蒸溜所」、「半泊教会」と建物が並ぶ。教会にはかつてブロック塀が設けられていたが、老朽化が進んでいたため、土木工事の用途で重宝されている地元の五島ろう石を使った塀へと改修。併せて蒸溜所の外壁足元にも石積みを施して、「半泊教会」との一体感を高めた 

白を基調とした包装室は、清潔感と作業性を両立。天井にはポリカーボネートの天窓を設け、やわらかな間接光を採り込むことで、照度ムラのない明るさを確保している。壁面や家具も素地に近い仕上げで統一し、落ち着きのある空間となっている[写真=大竹央祐]

 

内外装 場所性がにじむ建築の設え

「五島つばき蒸溜所」は、周辺環境との調和を図るとともに、施工上の制約を踏まえて丁寧に設計された建築です。“そこにあるもの”を使いこなすという姿勢は、インフラや資源が限られた土地での建築のあり方として、1つの理想形を示しています。

 

60×120㎜の小断面材(スギ)を用いてアーチトラスを地組みしている様子。プレカット加工を行わず(仕口を設けず)、3本の材をドリフトピンでシンプルにつなぎ合わせていく[上]。地組みしたアーチトラスをクレーンで吊り上げている様子。敷地条件には恵まれていなかったものの、アーチトラスの組み立ては2日、建方は1日、野地板張りと防水工事は1日という短期間での施工を実現した[下]

“三角焼き”と呼ばれる手法で、外壁材の焼スギを製造している様子。板3枚を盤線で三角柱状に組み、内部に紙などの可燃物を詰めて点火することで、煙突効果により短時間でスギの表面をこんがりと焼き上げる

 

地元の職人が、色とりどりのガラス片を組み合わせてステンドグラスを製作。五島の海と山、そしてツバキの花をモチーフとした図案は、蒸溜室に差し込む光を鮮やかに彩る[製作=538ステンドグラス工房]

正面側の基礎立上りは860㎜と高く設定し、小径柱の材長を抑制。その間には地元の五島ろう石をDIYではめ込み、隣接する「半泊教会」との一体感を演出している。はめ込んだ石は、建物の長手方向にかかる水平力も負担しており、構造性能の向上にも寄与している

 

TOPICS  “五島の風景”が蒸溜されたクラフトジン

「五島つばき蒸溜所」では、島内に自生するツバキをキーボタニカルに、裏山から湧く超軟水を用いてクラフトジン「GOTOGIN」を製造します。17種類ものボタニカルから1つひとつ細やかに蒸溜し、20を超える原酒を調合。海と山の香りをやさしく包み込み、“風景のアロマ”とも称される。ストレートやロック、ソーダ割りなど、幅広い飲み方で楽しめます。五島の自然を閉じ込めた一杯は、贈り物にも最適。オンラインでも購入できます。

五島の海を背景に光を受けて輝く「GOTOGIN」のボトル。海とともにあるジンであることを象徴するような風景。ボトルには五島の自然を映し込むかのような透明感が宿る

裏山の岩肌から静かに湧き出る超軟水。「GOTOGIN」の透明な味わいは、この清らかな水があってこそ生まれる。自然が醸す、唯一無二の蒸溜水源である

五島を象徴するツバキの花。「GOTOGIN」にはその種が命として吹き込まれ、甘くも凛とした余韻を残す。五島の風景そのものが、香りとなって立ち上がる

ジンの香りの核となるジュニパーベリー。手作業で1つずつ “一文字割り”しながら、蒸溜に向けて丁寧に準備されていく。「GOTOGIN」の深い香りの秘密がここにある

 

 

NOTE 「五島つばき蒸溜所」で採用された製品

外部

 屋根(ガルバリウム鋼板折板) ニスクカラーPro GC|シルバー/日鉄鋼板

 屋根(ガルバリウム鋼板立はぜ葺き) エバールーフたてひら2型(ニスクカラーPro GC|シルバー) /日鉄鋼板

  ★関連記事:【PR】~次世代ガルバリウム鋼板「エスジーエル」が可能にする建築表現~|石飛亮(WANKARASHIN)

 

 外壁(ポリカーボネート折板) ポリカ折板 重ねタイプ耐候グレード Y600 M(透明マット)/タキロンシーアイ

 木材保護塗料(外部柱・ウッドデッキなど) キシラデコール フォレステージ ひのき/大阪ガスケミカル

内部

 天井(包装室) ポリカナミイタ 鉄板小波 (32 ナミ)650(クリアマット)/ タキロンシーアイ

 内壁(多機能ケイ酸カルシウム板) モイスNT内装材/アイカ工業

 床(蒸溜室) アイカピュール 耐熱M7 工法(C23)/アイカ工業

 床(包装室) フロアリューム プレーンNW(2㎜厚) 20FL1004/ 東リ

設備

 ベースライト(蒸溜室) AH51519 /コイズミ照明

 スポットライト(蒸溜室)OG254571LR/オーデリック

 シーリングライト(包装室・充填室)OL291126R3E/オーデリック

 間接照明(ボトルショップ MCT-LED2 D/DN ライティング

 スポットライト(屋外)OG254354/オーデリック

 ポーチライト(屋外) OG254278P2 オーデリック

 スイッチ/コンセント(蒸溜室・包装室・充填室) コスモシリーズワイド21/パナソニック エレクトリックワークス社

 スイッチ/コンセント(蒸溜室・包装室・充填室)クラシックシリーズ/パナソニック エレクトリックワークス社

 屋外コンセント(回廊) スマートデザインシリーズ 防水コンセント(ブラック)/パナソニック エレクトリックワークス社

  ★参考書籍:『建築を整える。Archi Design by Panasonic』

 

 シングル混合水栓(蒸溜室) シングル混合栓(楽付王)eレバー/KVK

 洗面器(エントランス)MR710/TOTO

 洗面立水栓(エントランス)TLC11C2/TOTO

 パイプファン(蒸溜室)ロスナイ(V-12PP8-BL)/三菱電機

 給気口(蒸溜室)UK-RN100YF-HL/宇佐美工業

 ベントキャップ UK-FSEN100B-BK /宇佐美工業

 

取材協力:石飛亮【いしとび・りょう】

1987年栃木県宇都宮市生まれ。2013年横浜国立大学大学院Y-GSA修了。‘13~’19 年JUNPEI NOUSAKU ARCHITECTS。‘19WANKARASHIN設立。「彎窠羅針 (ワンカラシン)」はジンバル構造の羅針盤の付いた杖のようなもの。WANKARASHINではこの羅針盤のように、どのような状況や条件でもその場所にふさわしい答えを導き出し、その地域の文化や歴史に接続した新たな地図を描くように建築をデザインすることを目指している。’25年日本建築学会作品選奨と日本建築学会作品選集新人賞を同時受賞[写真=鈴木信之介]

 

施工=小田大工

外観写真=鈴木信之介

 

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