【PR】日欧の木造建築が歩むべき道のり

建築物への木材の活用は、日欧を問わず、建築デザインの大きなトレンドとなっています。それを社会にしっかりと根付かせるには、設計者としてどのような姿勢で仕事に向き合うべきか。今回は、オーストリアを拠点として数多くの先進的な木造建築を世に送り出し続けているヘルマン カウフマン氏と、日本の地域産材を活用した木造建築で高い評価を受けるアルセッド建築研究所 小口亮氏が、木造建築の歩むべき道のりを語り合います。

木繊維断熱材「STEICO(シュタイコ)」を充填した模型を囲むミュンヘン工科大学建築工学部 木造建築学科 教授ヘルマン カウフマンと、アルセッド建築研究所 主幹 小口亮氏。非常に高い比熱容量(2,100J/kg・K)と低い熱伝導率で、日本の灼熱の真夏でも快適な暮らしを実現する

 

「そこにある木材」を使う哲学

カウフマン― 木造建築を設計するにあたり、「木材をどこから調達するのか」は、設計者にとって大きな問題です。欧州では、エンジニアリングウッド(EW)を含めた木材のインフラが確立されているので、広くEU圏内から最適な木材を選定します。私は製材業を営む家系で育ったので、コストの面で外国産の木材に太刀打ちできない、というシーンをよく見聞きしてきました。 〝適材適所〞という意識で、木材を使い分けていくのがあるべき姿勢だと考えています。

小口― 私も基本的には同じ考えです。構造材はプロジェクトの特性に合わせて最適な木材を選ぶべきだと思います。一方、日本の豊富な森林資源、地域産材は使いこなす仕組みがそれぞれの地域で十分に確立されていません。地域に資する地域産材の使い方に、設計者として積極的に向き合いたいと考えています。木材活用という視点では、私どもが設計した「あわくら会館」のある西粟倉村(岡山県英田郡)では〝百年の森林構想〞[※1]を掲げて、川上・川中・川下のサプライチェーンを構築、地域産材を建築や家具、燃料など、余すことなく使い切る、カスケード利用を進めています。

 

※1 西粟倉村で2008 年につくられた構想。森林を適切に管理・維持してそこから得られる木材を有効に活用し、地域経済を活性化することで地域を育てていこうとする取り組み

 

カウフマン― カスケード利用に関して私は、木材は木材(建築)として使うべきだ、と考えています。その点で現在、欧州で関心を集めているのが、ブナ(広葉樹)の構造材としての活用です。ブナは製材が難しく、水に弱いので、外装には使えません。パルプやバイオマスの原料として広く利用されているのですが、強度は抜群です。かつら剥きにしてLVL(Laminated Veneer Lumber )にすれば、構造材としてかなり重宝します。オウシュウトウヒ(針葉樹)よりも、同じ断面寸法では、H形鋼よりも強度があるので、小さい断面寸法かつシンプルな構成で無柱の大空間を成立させられます[①・※2]

 

① ブナLVL のトラス梁で無柱空間を実現

梁間方向・桁行方向ともに、ブナLVLを用いたトラス梁(平行弦トラス)で無柱空間を実現した「SWG screw factory Gaisbach GmbH」(独Waldenburg。工場用途なので機械などのレイアウト変更が容易。高窓から室内に採り込まれる自然光は、金物が露出していない接合部の美しい納まりを強調している

ブナLVLの表面や小口からは広葉樹ならではの気品が感じられる

 

※ 2 LVL(BauBuche GL75 Beam)の曲げ強度は75MPa

 

小口― すごいですね。日本の伝統的な民家には広葉樹が柱・梁として用いられていましたが、現在では構造材としては一般的に流通していません。なので、大空間を実現する場合、私たちは、オウシュウトウヒよりも強度が低いけれども、建築物が計画される地域に潤沢にある、スギやヒノキ(針葉樹)を使うことになります。ただし、こうした地域産の製材は長さが短く(4m材)、断面もそれほど太くないため、構造計画を工夫する必要があります。「あわくら会館」では、部材どうしを組み合わせたサスペントラス梁[ ※3]で屋根を支えています。湾曲した下弦材で力を均衡させて束をなくし、やわらかい意匠表現としました[②]

 

※ 3 山形の上弦材と2連の下弦材の間を束で連結したもので、トラスとサスペンションを組み合わせた構造

 

② 西粟倉産のスギ製材で大スパンを実現

西粟倉産のスギ製材をサスペントラス梁として組み、約21mの大スパンを実現した執務スペース。構造設計は『ヤマダの木構造』(エクスナレッジ)でおなじみの山田憲明氏(山田憲明構造設計事務所)が手がけた。上弦材をダブルにして継手をずらすことで、大屋根にかかる偏荷重に対応したという

 

※ 3 山形の上弦材と2連の下弦材の間を束で連結したもので、トラスとサスペンションを組み合わせた構造

 

制約から生まれる木造表現の自由

カウフマン― ブナLVLを用いた直線的なトラス梁とは趣が異なる、実に日本的で繊細な表現ですね。なかなかまねできるものではありません。特に、接合部に金物がなく、木材どうしで荷重を支え合っている納まりには感銘を受けます。私たちも常日頃から、接合金物に頼り切らないディテールを検討していますから。こうした日欧の事例からも理解できるように、多種多様な木材のポテンシャルを正しく読み解き、可能な限りシンプルに設計するのが私のモットーです。木造は、RC造やS造に比べて、形状を自由に操作できるわけではありませんが、その制約のなかで自由を見出していく、という姿勢です。必然として、長きにわたって地域社会に愛される普遍性のある建築になると考えています。私は、こうした考えをdiscipline(規律)と呼んでいます。

小口― おっしゃるとおり、長く愛され続ける木造建築は、地域それぞれに、ふさわしいつくり方があると思います。日本は欧州に比べ雨が多く温湿度も高いので、雨水・結露水への配慮が必要です。木材を外部に使う場合は、〝軒・庇を大きく出す〞〝通気・防湿・防水に配慮する〞などを心がけるほか、〝外壁の保護塗料やディテール〞にも留意しますが、これはカウフマンさんも同じですね[③]。最後に、今後の木造建築について、日本の読者にメッセージをお願いします。

 

③ 木のファサードは美しい軒で守る

湖畔に一部が跳ね出すというダイナミズムに溢れる、地元電力会社の木造オフィス「IZM – Illwerke CentreMontafon」(オーストリアVandans)は、外壁に木材を使用。各階とも水平に跳ね出す軒が木材を保護している

 

カウフマン―木造建築の普及には長い年月がかかるもの。それは欧州も日本も同じでしょう。小口さんに見せていただいたサスペントラス梁の佇まいが雄弁に物語るように、日本には、木造建築に関する優れた知恵が存在しています。もちろん、乗り越えるべきハードルはあるでしょうが、日本ならではの木造建築の発展を私は期待しています。
小口― ありがとうございます。日本では、山も木造建築も21世紀に入ってまだようやく育ち始めたところと考えています。長い歴史のなかで、山と共に生きる地域の人々や建物を使う人々みんなに愛される木造建築をどうやってつくるか、自分にとってのdisciplineとは何かを考えながら、木造建築の設計と向き合っていきたいと考えています。

 

協賛=イケダコーポレーション
人物写真+LVL写真=渡辺慎一