La Banchina(ラ バンキーナ) 天国のような波止場カフェ
そう、そこはまるで天国…暖かな陽の光とふくよかな葡萄酒で遊び戯れ、水面に映る下界を見て笑いあう、天使たちの集う船着き場…なんてロマンチックが止まらないほど、夏のLa Banchinaは多幸感にあふれていて胸が苦しくなる。思い出すだけでふわふわと気持ちがうかれてしまうような幸せの場所なのだ。
店名:La Banchina(ラ バンキーナ)
住所:Refshalevej 141 1432 Copenhagen Denmark
営業時間:8:00~季節・曜日によって変化
インスタグラム: https://www.instagram.com/labanchinacph/
再開発エリアの隠れた天国
街中から少し離れたレフシャルーン(Refshaløen)というエリアにある小さなカフェLa Banchina。イタリア語で「波止場」という意味をもつその名のとおり、船が着けられるウッドデッキでできた埠頭が海に伸びる、その上にある築80年を超えるボートハウスを改装した小さなカフェで、気軽だけど気の利いたひと皿とともにナチュラルワインやクラフトビールなどを楽しむことができる。クロワッサンなどペストリー類も絶品で、昼でも夜でもちょっとした休憩には最高の場所だ。いや最高なんてものでなく、気持ちよくってまさに天国だ。
La Banchinaがある場所は、倉庫や広大な空き地、幅の広い道路に空っ風が吹きすさぶ〝都市計画〞の余り物な場所である。再開発が待たれる寂しい風景のエリアであり、10年前にはおしゃれなカフェと呼ばれるような場所はこの店を除いてひとつもなかった(最近は素敵なパン屋さんや農園や、コンテナでできた街のようなフードコート、すべてのイスにふたつとして同じもののないミュージアムカフェ、アヴァンギャルドな劇場型高級レストランなど、極北のバリエーションを見せるコペンハーゲン随一の激しめエリアではあるが)。そんな地の果てのようだった場所に開発当初からポツンとあったこのカフェは、地元の人たちに愛されるまるで灯台のような場所なのだ。ありがとうLa Banchina。
14席しかない小さなカフェなので、夏は屋外にある桟橋に人があふれる。
こんなにせせこましい場所が、どうして気持ちいいカフェといえるのだろうか? そもそも気持ちいいカフェって、一体何なんだ?
ぎゅうぎゅうのカウンターと店内
カフェ自体は限界といってよいくらい小さい。建物の大きさは外形で8×4.7m。仕込みなどは街中にある系列のレストランや隣に併設されたガラス張りの温室 a.k.a エクステンションキッチンで行われているが、基本的にはすべてのサービスを幅4.5m、奥行き90㎝カウンターで行っている。カウンターの上には大きなエスプレッソマシンとコーヒーグラインダー、フィルターコーヒーのタンク、レジ、パンの陳列、食材のパントリー、コンロなどがぎゅうぎゅうと陣地をとりあっていて、その隙間からたくさんの料理やすべてのドリンクをサービングしている。
座席は窓に面したカウンター6席を含めた14席で、座席の間にはほとんど隙間がない。とても狭いので、入口から出口に向かう一方通行になっている。空間に合わせてテーブルも、サービングされるお皿も小さめ。お客さんどうしの距離も近いので自動的に声も小さめになり親密さを盛り上げてくれる。もっと仲良くなりたいなあ、なんて人を連れて行ける、下心対応カフェでもあります。
スペースはないが席数は稼ぎたい、そんな小さなカフェをデザインするときにやむなくおひとり様用カウンター席を配置することはよくあるけど、La Banchinaはこの幅4m、奥行42㎝ほどの6席のカウンター席が一番楽しい。
一番景色のいい窓際にあって、海に伸びる桟橋で遊ぶ人々ときらきらと輝く波間を眼下に見ながらひとりでゆっくり本を読んだりノートパソコンを広げて仕事したり。邪魔されないひとりの時間を過ごせるのだ(友達とふたり並んで座るのももちろん楽しい。)
ところで、冬のLa Banchinaでの体験は、夏とは趣が大きく異なる。
真冬のコペンハーゲンでは午後3、4時ごろには日没となる。その時刻、西向きの窓からは沈みゆく太陽の最後の輝きがいっぱいに差し込み、店内すべてがオレンジ色に染まるのだ。冷たい風が吹く北欧の冬、とってもエモーショナルにきらめく光の中で、その日最後の冬の陽の暖かさをじんわりと感じる。その美しい瞬間に飲む、キンキンに冷たいビールの美味しいことといったら。ずっと沈まないでほしいと思う気持ちと裏腹に、夕日はあっけなく地平線の向こうへ駆け足で消えてゆく。日没がこのカフェの閉店の合図で、ろうそくに照らされた薄暗い店内でしぶしぶ分厚いダウンを着込み、ほのかに残る夕陽の暖かさを前ファスナーで仕舞い込んで、帰りの支度をする。
格好つけない、気軽な場所
気持ちよさの秘密はほかに、格好つけていない、ダウン・トゥ・アースなカフェの建ち方にもあると思う。
かわいい水色の外壁は、改修前そのままの色を再現したのだという。改修された、といってもよく見ると結構ぼろぼろで、海に面した壁のペンキは剥げているし屋根裏には小さな鳥がしきりに出入りしている。昔から特にメンテしていないのであろうそんな無理していない姿に、強烈な親近感を覚えてしまう。みんな完璧じゃなくてもいいよね。
使われているイスはおなじみのJ39、ボーエ・モーエンセンがデザインしたPeople’s chairである。足元は傷だらけ、素材のオークは人の手が繰り返し触れてつるつるで、さらには褐色に変色していて太古の昔から使っていたような年季の入り方をしている。しかし座面のペーパーコードだけはきれいに張り替えられていて、むしろ未来永劫使うことのできそうな面持ちだ。
店内からパノラマに見える桟橋には天気のいい日は人が隙間なく座る。桟橋は船がたくさん停まっていた時代のほぼそのままで、石積みだった岸壁にデッキを延長して人が座れるベンチを最近増設したものの、人が通れるか通れないかくらいの狭さで凝ってデザインされたようには見えない。桟橋には座席なんてものは存在しないのでみんな地ベタリアンである。桟橋のふちにつくられた無造作な段差に腰かけ足を投げ出してピクニックのように、パンを食べたり泳いで冷えた体に染みわたる温かいコーヒーに口をつけたり。水着の人もたくさんいて、目の前でふいに飛び込んだりする。おじさんたちが輪になって地べたに座り、ワインのボトルを回してグラスをあおっている。
そんな気軽さが、まるで田舎の港町に遊びにきたような、夏休みの子供どもに戻ったような、自然とウキウキとした気持ちにさせる。みんな幸せで、笑い合っていて、見ているこっちまで嬉しくなるほどだ。昔からずっと変わらない飾らない幸せの姿が、このLa Banchinaにはあふれている。
本格サウナと観覧席
最後に身もふたもないが、脳天直撃で気持ちよくなれるものがこのカフェには併設されている。サウナである。
La Banchinaはサウナカフェでもあるのだ。
見た目はそんなに大きくないが、着替え用の前室も付いているし、すし詰めならば8人が座れる樽の形の本格バレルサウナがカフェの真横にひっそりと隠れている。サウナ室の一番奥には一気に熱くなる薪オーブンが鎮座しており、その向こう側、つまり樽の底だった部分には透明なアクリルガラスが入っていて、これから飛び込む水辺の景色を絶好のアングルで映し出している。そして、サウナ後にはおいしいご飯や冷たいビールがすぐ横で待っている。
もはや、カフェではなくサウナ目当てに来るお客さんもたくさんいる。実際に真冬に来たときは、電気オーブンで温めるよくある普通のサウナじゃ満足できないガチ勢、そうフィンランド人たちがサウナいっぱいに詰め込まれるほど集団で駆けつけていたくらい、本気のサウナなのだ。氷点下の寒空の下、ぎゃあぎゃあ雄叫びをあげて氷のように冷たい水に飛び込むみなさまをわたしは暖房の効いた室内で、あったかいホットチョコレートを飲みながらふふふと見下ろす。
そう、サウナに入っていない側も割と楽しい。サウナの熱波で真っ赤に仕上がって、あちちと湯気をたてながら冷たい海の水にドボンと飛び込む、それをただ無限大に繰り返す人々を、あつあつのホットチョコレートやおいしいナチュラルワインでぼうっとした意識のなか眺めていると、なんだかふわふわと現実感がなくなってしまう。
そんな親密で、飾らなくて、ふわふわとなってしまう天国。今すぐ行きたい。再開発の波に飲まれないか、とっても心配なのでこれからも天国通いを続けることにします。
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アルネ・ヤコブセンなどの家具デザイナー、ビャルケ・インゲルスなどの建築家を生んだ北欧の国、デンマーク。首都コペンハーゲンに暮らす日本人の建築家・森田美紀さん。森田さんが北欧のレストラン・カフェ空間の魅力を、その美しい料理だけではなく、演出する空間・デザイン・キッチン・プロダクト・居心地の良さの秘密まで、微細にわたって分析していきます。
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ページ数 142
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発行年月日 2024/10/19
ISBN 4910034291144
著者プロフィール
文と写真・森田美紀 Morita Miki
1989年大阪府生まれ。2015年デンマーク王立芸術アカデミー卒業後、コペンハーゲンのデザイン事務所勤務を経て設計事務所mok architectsを共同設立。ホテルやカフェなどの空間から家具・プロダクト・金物など小さなものまでデザインする
イラスト・藤巻 佐有梨 Fujimaki Sayuri
山梨県出身。東京藝術大学大学院美術研究科建築専攻修了。建築設計職を経て、関西を拠点に画家・イラストレーターとして活動中。自身の創作活動のほか、装画や挿絵、建築パースなど幅広く手掛けている