ミステリ小説のなかでも、多くのファンを魅了するジャンルの1つに「密室もの」があります。出入り不可能な室内で事件が起き、誰もがその不可思議な状態に頭を悩ませるなか、名探偵が登場。密室のトリックを暴き、犯人を特定して事件を解決する。要約すればそんな話なのですが、名作と呼ばれる密室ものは本当に面白いのです。ただしどの密室にも必ず仕掛けがあります。なんせ部屋には出入りするための扉と、脆弱なガラスがはめ込まれた窓が設けられているのですから、このどちらかに仕掛けがあるわけです。
また書名に「窓」の文字が付けられたミステリも多く、有名なところでは密室殺人ものの第一人者カーター・ディクスンが1938年に書いた『ユダの窓』。ハードボイルド系ならばレイモンド・チャンドラーが’42年に書いた『高い窓』などがあります。密室ものに窓が仕掛けとして登場する場合は、窓が極端に小さかったり、あるいは完全に窓のない密閉空間のような部屋が舞台として描かれたりすることが多いのですが、今回はそんなミステリ小説に登場する「窓のない部屋・窓の少ない部屋」はつくれるのか? を建築的な視点から考察してみます。
建築基準法の定義は「部屋」ではなく「居室」
まずはじめに「部屋」の定義を確認しておきましょう。建築の仕事に携わる方にとっては、「部屋」ではなく「居室」と呼ぶことが一般的です。「居室」とは、建築基準法(以下基準法または法)2条4号で、次のように定義されています。「居住、執務、作業、集会、娯楽その他これらに類する目的のために継続的に使用する室」。
つまり、居間や寝室・子ども部屋・台所・書斎といった人が生活をするために継続的に使用する部屋を「居室」と呼び、玄関やトイレ・浴室・洗面所のように継続的には使用しない部屋を「非居室」とし、両者を明確に区別しているのです。
その理由は、「居室」には窓の設置をはじめ、人が快適に過ごすための環境を整えるよう細かい規定が設けられているからで、「居室」なのか「非居室」なのかは、家づくりに大きな影響を与えるからです。
余談ですが、まれにどうしても基準法の要求を満たすことができず、仕方なく本当は居室として利用する部屋なのに「非居室」として建築確認を潜り抜け、建設後に居室として利用するという話も聞きますが、それは作為的な違反なのでご注意ください。またマンションなどで、外壁から離れた場所に設けられた部屋の室名に「納戸」や「DEN[※1]」と記載された間取り図を見ることがありますが、あれも基準法上必要な窓を確保できないため、「非居室」として表示されているのです。
※1 DENとは英語で「ほら穴」を指し、間取り図では趣味の部屋や書斎のような意味で用いられる
部屋に必要な窓の大きさの比率(有効採光比率)は、建物の用途ごとに基準法で決められています。たとえば住宅の場合、居室床面積の7分の1以上の窓が必要です[表1]。
そして非居室に窓を設置することは求められていません。したがって「窓のないトイレ」や「窓のない浴室」は法的に問題なく成立します。また地下に倉庫やワインセラーがあるような家の場合、そこが断じて居室でなければ、「窓のない地下室」は合法的につくることが可能です。
法律のなかの「無窓居室」
ところが基準法には、「無窓居室」と呼ばれる部屋が存在します。前の説明文から読み解くと「継続して人が使用するものの、窓が設けられていない部屋」と解釈できますが、実際には窓がないということではなく、「基準法が定める一定の基準を満たすに足る面積の窓を確保できていない居室」という意味です。「一定の基準」には4つの種類があり、満たせない場合には代わりに平面計画や設備などで条件を満たさなくてはなりません[表2]。
また消防法にも、「建築物の地上階のうち、総務省令で定める避難上又は消火活動上有効な開口部を有しない階」と定義される「無窓階」という用語があります。避難行動や消火活動に難ありと判断された階については、それらを補う消防用設備を設置することで安全を確保することが求められています。
基準法・消防法のいずれでも、「無窓」と呼ばれる部屋には、次の目的を満たす窓を設けるべし、という注意を喚起しているのです。
1 明るさを確保するための窓
2 自然換気・自然排煙を確保するための窓
3 避難口・救助活動の出入口としての窓
ほかにも「主要構造部を耐火構造等にする無窓居室」や、地方自治体が定める「敷地と道路との関係における無窓居室」と呼ばれるものもあります。しかしいずれの無窓居室でも、窓がまったくない真っ暗な部屋ではありません。法律の解釈や言い回しって、本当に分かりにくいですね。
ここまでが建築的な視点でのとらえ方です。基準法を前提にして考えれば、部屋=居室なので、窓のない部屋=窓のない居室は不成立と判断できますが、「居室でなくてもOK!」ということならば簡単に実現します。
が、ミステリの「窓のない部屋」とは、そういうことではありませんよね。
窓のない部屋を作るまでの壁
結論からいえば、「窓のない部屋」をつくることは難しいと思います。理由は建物を建てる際には設計図面による審査(建築確認)と、建築途中あるいは完成時に建物を検査する中間検査・完了検査という2重のチェックがあるからです。
建築確認時には建物の平面図や断面図を提出し、法律を遵守した適切な内容であることを建築主事に確認してもらいます。この時点で「窓のない部屋」をコッソリと図面中に忍び込ませることは不可能です。さらに、認可された図面と建設されている建物が間違いなく同じ建物であるかを検査します。
そして、建物の骨組が完成した上棟時に、柱や梁の位置・大きさ、耐力壁の位置や補強金物の有無に関して中間検査が行われ、建物が完成した時には、間取りや仕上げ材などが申請図面どおりかを目視で確認する完了検査を受け、それぞれに合格することが必要です。
これらの検査をごまかして、コッソリと「窓のない部屋」や隠された空間を設置することは不可能です。ですがそれらの制約を熟知した犯人がミステリ小説に登場し、知恵を絞って何とか秘密の空間をつくりあげるとしたら、どんな方法が考えられるでしょうか。
犯人の試行錯誤を推理する
在来構法で家を建てる場合、今でも柱の間隔は尺貫法で計算されます。3尺=910㎜の間隔で柱を立て、部屋の大きさや形を決めます。たとえば6畳間ならば1間半(9尺=2730㎜)×2間(12尺=3640㎜)の大きさという具合です。
仮に柱と柱の間隔を意図的に100㎜ずつ小さくつくった場合、建物外側の大きさを変えずに、2つの8畳間に挟まれた押入れの隣に幅900㎜の隙間のような空間をつくり出すことが可能になります。そしてこの空間の存在に誰も気づかなければ、「窓のない秘密の空間」ができ上がるわけです。
このとき、部屋が不自然に狭くなっていることを検査員に気づかれないように、窓や扉のサイズも少しずつ小さくし、検査員の目視を見誤らせることが大切です。壁紙をボーダー柄とし、水平方向への広がりを意識させるような工夫を凝らせば、さらに効果的でしょう。そのようにしてつくり出された隙間の部屋に、押入れの内部からコッソリと出入りし、2階へとつなげることもできます。
この秘密の空間は、約2.3畳の広さがあります。奥には細長いベッドを設け、手前には机や便器を設置できる広さがあります。もし2階にも同じ空間をつくることができれば、タラップで2階と行き来して、さらに充実した秘密の空間を楽しむことができるでしょう。
仮に現実の世界でこうした秘密の空間を非合法につくることを真剣に考えるとしたら、いくつかの条件がそろうことが必要となります。まず秘密を守るために、秘密を知る人を減らす必要があります。ですから建築主は建設会社のオーナーか、あるいは大工さん本人であることが理想的です。さらに建物に出入りする工事関係者も、極力減らしましょう。加えて、大工さん1人で内装工事も電気も設備配管も行うことができれば、工事関係者から秘密が漏れるリスクを減らせます。また工事の期間中は毎日早めにシートで建物を覆い、周辺の人から中をのぞかれないよう注意することも大切です。これで現場からの秘密の漏洩は防げます。
本当に厄介なのは、中間検査をどうごまかすかです。実は、よい方法が2つあります。1つは検査員を抱き込み、仲間に引き入れること。民間検査機関に中間検査を依頼した場合、検査員は1人で現場を訪れることが多く、まれに車のドライバーと2人で現場を訪れることがあってもドライバーは建物の検査には立ち会いません。したがって検査員さえ仲間に引き入れることができれば、しめたものです。
こう書いていくと本当に秘密の空間をつくれるような気がしてきますが、でもよく考えれば、枕元に80㎝角ほどの小さな窓を1つ付けるだけで、この秘密の空間は合法的につくれます[※2]。なにもそれほどの苦労を重ね、罪まで犯す必要はなさそうですね。
※2 秘密の部屋の面積が約2.3 畳=3.62㎡なので、窓面積はその1/7の0.52㎡以上が必要。√0.52=0.72なので、余裕を見て0.8m角の窓が必要と導かれる。なお2023年4月の法改正により、照明設備の設置によって床面照度を50lx以上確保できる場合は1/10に緩和されるので、60㎝角の窓でもよいことになる
秘密や謎を隠すなら家の中
「部屋」という言葉から思い浮かべるのは、日常的になじみのある場所や空間、あるいは常識的にとらえたイメージの場所でしかありません。ですが少し視点を変えると、思わぬ場所に空間があることに気がつきます。ミステリの場合は、そんな空間をトリックの一部として利用し、読者を驚かせる仕掛けとします。ですが現実の建物では、その空間を収納場所として利用することが多いかもしれません。どちらも楽しみや秘密、他者には見せたくない何かをしまっておく場所だと考えることもできます。
自宅に「秘密の部屋」や「窓のない隠された部屋」を設けたいと考えているなら、法律を守りながら、工夫次第で実現可能な範囲があります。その辺りを見定めながら、わが家だけの「窓のない部屋」を考えてみてはいかがでしょうか。
著者プロフィール
安井俊夫
1960年香川県生まれ、一級建築士(天工舎一級建築士事務所)。設計業の傍ら、ミステリ書評などの文筆業も展開。有栖川有栖『女王国の城』、知念実希人『硝子の塔の殺人』など有名作家の作品舞台の設計・図面制作にかかわる。著書に『犯行現場の作り方』(メディアファクトリー、2006)、『密室入門』(メディアファクトリー、2008、有栖川有栖氏と共著)など
天工舎一級建築士事務所HP
イラストレーター
Pecco
X: @pecor1n
発売中の「建築知識」2月号で連載の続きが読める!
「建築知識」2025年2月号では、本連載の第2回「密室の閉じ方」を掲載!
テーマは、文字通り物語のカギを握る存在の「鍵」。世界最古の鍵といわれるエジプト錠や、奈良時代に使われていたとされる海老錠から、現代日本で一般的なディンプルキー、ミステリではおなじみのかんぬき錠やドアガードなど、さまざまな種類の鍵の仕組みを解説しています。
建築知識2025年2月号「店舗、オフィス、工場から保育園、学校、図書館、研究所まで 建物種類ごとディテール図鑑」
定価 1,800円+税
ページ数 146
判型 B5判
発行年月日 2025/01/20
ISBN 4910034290253